覚え書:「インタビュー 格差が深める米の分断 米国社会の変質を分析する社会学者、ロバート・パットナムさん」、『朝日新聞』2016年09月06日(火)付。

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インタビュー 格差が深める米の分断 米国社会の変質を分析する社会学者、ロバート・パットナムさん
2016年9月6日

「子供の間に生まれている格差が、問題を深刻にしている」=マサチューセッツ州ケンブリッジ、金成隆一撮影
写真・図版
 米社会の分断が深まっている。大統領選では、差別的で攻撃的な発言を繰り返す不動産王のドナルド・トランプ氏が一部の層から熱狂的支持を集め、共和党候補になった。米国の深層で何が起こっているのか。著書「孤独なボウリング」で米コミュニティーの崩壊を描くなど、米社会研究を続けるロバート・パットナムさんに聞いた。

 ――トランプ氏はなぜあそこまで支持を集めるのでしょうか。

 「トランプ氏は非常に珍しいタイプの候補者で、とても危険です。極めて扇動的で、事実に基づかない発言を繰り返す人物が支持を集めているという現象に危機感を抱かなければなりません」

 「トランプ氏の支持層には二つの特徴があります。一つは低学歴、低所得層からの支持で、特に男性、さらには白人男性に顕著です。米国内の製造業の衰えなどに伴い、こうした労働者階級の白人男性たちの厳しい状況は20〜30年前から始まっており、最近特にひどくなったわけでもありません。ただ残念ながら、社会の成功者たちが、苦しむ人たちの問題に向き合ってこなかったのは事実です」

 「トランプ氏の支持者のもう一つの特徴は、社会的なつながりが少ない人たちだということです。私は以前、『孤独なボウリング』という本で、米社会で様々な階層や人種を結びつけてきた宗教関連団体やボウリングクラブといった社会的組織が弱体化し、(人々のつながり度合いを示す)『社会関係資本』が低下している現象を分析しました。共和党の予備選では、社会関係資本が欠乏した地域であるほどトランプ氏が強い傾向が米メディアで指摘されました」

 ――「社会関係資本」が欠乏するとどうなるのでしょう。

 「社会的なつながりがなくなると、人は孤立します。すると他人への寛大さや、他人と自分が平等だという意識、さらには政治的に協力する姿勢が低下します。これは米国に特有ではありません」

 ――他国でもあるのですか?

 「経済的困難と社会的な孤立の組み合わせは、歴史的にも研究されています。トランプ氏はヒトラーではないので、言い方には注意が必要ですが、1930年代のドイツにおいても、この二つの要因が指摘されています。これは私の研究ではなく、成熟した文明国でなぜ、ナチスのような政治文化が台頭したのかを理解しようとしたハンナ・アーレントらが、1950年代に行った分析の結果です」

 ――米国は30年代のドイツと似た状況にある、と?

 「社会的な孤立や不満は乾燥した草原のようなもので、それだけで燃えているわけではありません。しかし、雷が落ちると、あっという間に炎が広がります。言い方を変えれば、点火するためにはリーダーが必要なのですが、政治的に向かう方向性はそのリーダーによって左右されます。トランプ氏が特に危険なのは、不満や怒りを集めていることだけでなく、その怒りをメキシコ人やイスラム教徒、女性といった特定のスケープゴートに向けていることです」

 ――「乾燥した草原」がある以上、今後もトランプ氏同様のリーダーが出ないか、気になります。

 「民主党から大統領を目指し、格差是正を訴えて多くの若者から支持を集めたバーニー・サンダース氏も、社会の中の同様の不満や怒りを利用していましたが、彼はそのエネルギーをトランプ氏とかなり違う方向に向けていました」

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 ――いずれにせよ、米社会の根にある歪(ゆが)みは深いですね。

 「私は昨年出した『Our Kids(私たちの子供)』という本で、こう考察しました。『社会的に孤立している市民は、通常の状況では政治的安定にほとんど脅威を与えない。危険があったとしても、集団の無関心によって沈静化されるためだ。しかし、経済的や国際的な圧力が高まれば、こうした集団が不安定で、両極の反民主的な扇動家の操作を受けやすいことが証明されるかもしれない』、と。選挙前から、今の事態の発生を懸念していたのです」

 ――米社会の歪みの分析で、なぜ子供に焦点を当てたのですか。

 「この国では現在、経済格差が広がっています。それだけでも重要なのですが、米国人は結果の均等よりも機会の均等を重視し、経済格差をあまり気にしてきませんでした。ところが、今はその機会の均等が失われています。だからこそ、子供に注目しました」

 「大人の場合、経済格差は個人の判断の結果だという考え方があります。ですが、3歳児に『自己責任で困難を乗り越えろ』という人はいません。現在の状況に警鐘を鳴らすためには、子供の間の機会の不平等に注目を集めることが有効だと考えました」

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 ――不安定な米社会の根っこには子供の機会不平等がある、と?

 「経済格差の拡大に伴って、米国内の隔離が進んでいるのです。人種隔離は減少傾向にありますが、周囲に住んでいる人や、一緒に学校に行く人、結婚相手となる人を決めるのは、経済的な状況が大きな要因になってきています。裕福な人は裕福な人と結婚し、裕福な人が多い地域に住み、子供の同級生も裕福な家庭の子供です。一方、貧しい人は貧しい人と結婚し、貧しい地域に住みます。その影響が子供に表れているのです」

 「格差の拡大は米社会に経済的損失をもたらします。貧困家庭の子供に社会が投資しないことで、米国の損失は5兆ドルに達すると試算されています。予算の節約で教育投資を渋ると、犯罪率は上がり、結果的には警察や刑務所に、削ったよりも多くの予算を割かなければいけません。また、裕福な家庭より貧困な家庭の子供の方が肥満率が高く、糖尿病や心臓病にもかかりやすいという統計もあります。医療にもお金がかかり、保険の費用も高騰しますが、その負担は当事者だけでなく、社会全体で負わなければなりません」

 ――富裕層にとっても負担なのですね。

 「貧しい子供を助けると、裕福な子供が損をするという、ゼロサムゲームではありません。むしろ逆です。優秀であるにもかかわらず、貧しい家庭で育ったため、十分な教育を受けない子供が多くいると、労働人口の質も下がり、社会の生産性が低下してしまいます。米国の経済はあらゆる人の才能を必要としています。裕福な人が『彼らの問題だから』といって無視できるわけではないのです」

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 ――格差拡大の先にあるのは何でしょうか。今回のトランプ現象にみられる政治的な不安定さもその一つなのでしょうか。

 「格差の拡大がこのまま進むと、米国は格差が固定されたカースト社会になってしまいます。そうなると、全国民が平等であるという米国の根幹を揺るがし、政治システムの倫理性が問われます。今度の本で、社会的に孤立した人たちと政治について書いたのはまさに、格差の拡大を放置した場合に、どのようなことが起きるのかということを考えるためです」

 ――なぜ、ここまで格差拡大が放置されたのでしょう。かつての米社会は違っていたのですか。

 「『私たちの子供』というタイトルに込めた思いに関連します。私が育った1950年代や60年代、両親が『私たちの子供』と言った時は私や兄弟ではなく、町に住む子供全員を指していました。町の住人全員が少しずつ負担し、すべての子供がその利益を得るという考えがありました。しかし、この数十年間の間に『私たちの子供』という言葉が指す対象は狭くなり、自分たちの生物学的な子供だけになりました。同じ町に住んでも『他人の子供』なのです」

 「より広くみると、米社会は『私たち』の社会から『私』の社会に移行しています。その変化によるメリットは多くあります。他人との違いに寛容になり、他の宗教の人や、同性愛者も受け入れるようになりました。ですが、社会全体で子供を育てるという意識がなくなったという点は問題です」

 ――こうした傾向を反転させる方策はあるのですか。

 「実は、私はその点は楽観的です。米国が以前、同様の経験をしているためです。19世紀の終わりごろは経済格差が非常に大きく、政治も腐敗していましたが、20世紀初頭にかけて大きな転換がありました。きっかけの一つは、ニューヨークの貧困層に注目した、写真を使ったルポの本でした。多くの人が、このような極貧が存在する社会には住みたくないと考え、改善を求める政治運動につながりました。今回の私の本が同じ効果をもたらすか分かりませんが、同じような精神で書いています」

 「当時の政治運動がもたらした大きな改革は、無償の高校教育の全米での導入でした。強い抵抗がありましたが、結果的に米国の労働人口の教育水準が上がり、20世紀を通じて経済成長にもつながりました。それは富裕層や貧困層だけでなく、すべての米国民にとって受益をもたらしたのです。無償の高校教育に相当する現代の改革が何であるかはまだ分かりませんが、社会関係資本の低下や格差拡大という傾向を逆転させることができるのは間違いありません」(聞き手・中井大助、金成隆一)

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 Robert Putnam 1941年米国生まれ。社会学者で、ハーバード大学教授。著作に「哲学する民主主義」「流動化する民主主義」など。
    −−「インタビュー 格差が深める米の分断 米国社会の変質を分析する社会学者、ロバート・パットナムさん」、『朝日新聞』2016年09月06日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12545074.html


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