覚え書:「文化の扉 心重ねる茶の湯 質素な空間、豊かな総合芸術」、『朝日新聞』2016年09月11日(日)付。

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文化の扉 心重ねる茶の湯 質素な空間、豊かな総合芸術
2016年9月11日
 
心重ねる茶の湯<グラフィック・高山裕也>
 
 抹茶を点(た)てて客をもてなす「茶の湯」は、工芸や美術、食や作法も含めた総合芸術とも言われます。でも、お茶を飲むというシンプルな行為が、どのように「文化」として発展してきたのでしょうか。

 茶を飲む習慣は中国から日本に伝わった。9世紀初頭の日本の歴史書に茶が登場している。粉末にした茶葉に湯を注ぐ「抹茶」は、臨済宗を日本に伝えた禅僧・栄西が、12世紀末に紹介した。

 茶の湯の研究者で「MIHO MUSEUM」(滋賀県甲賀市)館長の熊倉功夫さんによると、栄西は薬効を説いたが、13世紀末には美味な嗜好(しこう)品として一般の人にも広まったようだ。武士たちは宴会に茶を組み込んだ「茶会」を開き、中国の豪華な工芸品「唐物」を鑑賞しながら楽しんだ。

 だが、異なる道を行く茶人たちが現れた。簡素な国産の道具を「唐物」と取り交ぜて使うと共に、茶の湯を正しい心を保つ「道」と考えた村田珠光(1423〜1502)や、生活雑器を茶道具に見立てて使った武野紹鴎(じょうおう)(1502〜55)などだ。

 熊倉さんは、「質素な道具や空間の中で、茶を通じて人と人との交流を図ろうとする考え方が生まれてきた」。当時の連歌などの中世文学には冷え枯れた風情を尊ぶ美意識があったことや、贅沢(ぜいたく)な道具を持てない武士や町衆の茶会にも影響されたと指摘する。

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 「わび茶」と呼ばれる珠光や紹鴎のスタイルをさらに極めたのが、商業都市・堺出身の千利休(1522〜91)だ。

 従来より狭い2畳ほどの茶室を手がけたり、身分が高い人でも身をかがめねば中に入れないほど小さい「躙口(にじりぐち)」を設けたり。茶道具を自ら考案していびつな形の「楽茶碗(らくちゃわん)」を職人に作らせ、「濃茶」の回し飲みも始めた。また、「茶会」から宴会の要素を取り払って緊張感を高めた。熊倉さんは「禅の影響も受け、修行のような茶を考えたといえる」。

 現代の「茶事」は、利休の茶会が元になっている。4時間ほどかけ、亭主は自ら点てた抹茶で客をもてなし、客は、亭主が選んだ掛け軸や茶碗なども鑑賞する。

 「表千家」「裏千家」に並び、利休の流れを受け継ぐ「武者小路千家」の次期家元の千宗屋(そうおく)さんは、「客は自分の見識をもとに、『亭主は何を伝えたいのか』を受け止める。主客の心と心が一体化するのを味わうのが、本来の茶の湯です」。

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 明治以降、茶道具の名品を収集して茶会を楽しむ実業家らが現れた一方、茶の湯は礼儀作法や道徳を身に付けられるとして、女子教育や花嫁修業に取り入れられた。

 現在はどうか。千さんは、「文化的な側面に光が当たり、自分が楽しむために始める人が増えている」と話す。

 千さんが勧めるのが、自分のために茶を点てる「独服」だ。

 気に入った茶碗を用意し、丁寧な動作を心がけ、抹茶を点て、背筋を正して飲む。「日常から切り離され、自分を見つめられる。自分に丁寧に接することが、他人をもてなす第一歩でもあります」

 (丸山ひかり)

 ■一期一会・季節、心持ち学ぶ 女優・檀ふみさん

 10年ほど前、雑誌の企画でお茶を習い、茶事を開くところまでやるなど、お茶に打ち込んだ時期がありました。

 ドラマの役柄でお茶を点てた経験はありましたが、お茶にはきちんとした「型」があって、少し堅苦しいと感じていました。でもある時、指導をしてくれた先生に「お茶碗は大事なものだから、大事に扱うことで相手に対して敬意を払うんです」と教えられて。お茶の心のようなものを教わったと思って、目からウロコが落ちるように、面白かったんです。

 何も知らない初心者だったので、最初はお辞儀の仕方や、戸の開け方から。お茶は禅と深い関係があるので、お寺で座禅も組みました。お茶は動く禅だというお話も伺いました。無駄のない美しい動きでお茶を点てると、座禅を組むような境地になるのかしらと思いましたね。

 お茶の文化には、日本人が大切にしてきた価値観のようなものが凝縮されている。先人が美しいと考えたものが綿々と引き継がれている、人の「目」の歴史とも思います。今はお茶から離れていますが、一期一会や、季節を感じる心を大切にすることなど、お茶から学んだ心の持ち方は今も続いていると思います。

 <読む> 「講座 日本茶の湯全史」(茶の湯文化学会編、全3巻、思文閣出版)は、様々なトピックが最新研究を踏まえて網羅されている。

 <訪ねる> 日本橋三越本店(東京都中央区)で12日まで開催中の「千家十職の軌跡展」では、写真の黒楽茶碗と凡鳥棗(なつめ)が出品されている。畠山記念館(同港区)では、10月1日から「天下人の愛した茶道具」展が開かれる。茶の湯に関する資料を調べるには、書籍など約6万点を収蔵している今日庵文庫(京都市上京区)が便利だ。

 ◆「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「洞窟壁画」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
    −−「文化の扉 心重ねる茶の湯 質素な空間、豊かな総合芸術」、『朝日新聞』2016年09月11日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12554006.html

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