覚え書:「耕論 ポケモンGOと社会 さやわかさん、古橋大地さん、湯淺墾道さん」、『朝日新聞』2016年09月21日(水)付。

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耕論 ポケモンGOと社会 さやわかさん、古橋大地さん、湯淺墾道さん
2016年9月21日

 人気のスマートフォンゲーム「ポケモンGO」のサービス開始から22日で2カ月。狂騒もやや落ち着いたところで、このゲームの広がりから見えてくる今の社会とは。

 ■新技術がもたらした実験 さやわかさん(ライター、評論家)

 ポケモンというキャラクターの世界的な人気を感じます。そして、みんな集めることが好きなんだな、と。

 いまのゲームは、パズル&ドラゴンズパズドラ)にしろ妖怪ウォッチにしろ、たいてい収集の要素がある。そのルーツがポケモンです。

 1996年に出た初代ポケモンの開発者は「昔からある子どもの遊びをそのままゲームにすればいい」と考えたそうです。昆虫採集やメンコのおもしろさは、「集める、育てる、見せ合う、交換する、戦わせる」。この万国共通で世代を超えた楽しみが、ポケモンの骨組みです。

 息の長いヒットになり、さまざまな派生作品が出ました。歩くゲームもありました。総決算がポケモンGOだと言えます。

 そこにAR(拡張現実)の技術が新しい魅力を加えています。目の前の原っぱや名所が、スマートフォンを通して見ると、ポケモンの出現場所になる。ネットのデータという架空の薄皮をかぶせることによって、現実とは別の文脈が生まれるおもしろさです。

 ゲーム史を振り返ると、部屋で独り楽しむのが主流だったのは、初代ポケモンが現れる90年代半ばまでです。ポケモンGOは、もはや外に出て行くしかない。現実から離れたバーチャルで満たされるどころか、現実とがっちり組み合っています。現実をどうゲームに変えるかという、ここ最近業界が取り組んできた進化の最新形です。

 大ヒットで、現実から反発も起こりました。ずっとスマホを眺めてウロウロするなとか、宗教施設で遊ぶなとか。

 すでにスマホが普及し、いま身の回りにあるものに関する情報を調べやすくなっています。それがAR技術で、さらに即時的で分かりやすい端末ができるでしょう。あの建物は何? あの人のシャツのブランドは? 将来、そんな情報を、たとえば眼鏡型の端末でチェックしながら闊歩(かっぽ)する人があふれるようになるはずです。そのとき、危ない、不審だというだけで禁止するわけにはいかないでしょう。

 えてして新しいテクノロジーは、現実に対する見方の死角を突きます。ARがもたらす世界にどう対応するのか。ゲームの形で予告編的にやってきたのがポケモンGOで、いまは社会実験だと考えることが建設的です。

 一方で、ネットの文脈を無理やり現実に与えることの暴力も当然あります。ユーザーには、悪いことをもたらす可能性があると認識して、倫理的に振る舞うことが求められます。技術には害がないと言い募るばかりでは、議論は平行線になってしまいます。

 最近のゲームは、出た後にさまざまな仕掛けがあって、1年、2年と遊べます。ポケモンGOも始まったばかりです。(聞き手・村上研志)

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 74年生まれ。著書に「僕たちのゲーム史」「一〇年代文化論」「キャラの思考法」など。

 

 ■人を動かし、つながり生む 古橋大地さん(青山学院大学教授)

 ポケモンGOのもとになった位置情報ゲーム「イングレス」を、昨年から大学の講義に取り入れています。ポケモンGOと同じく、全地球測位システム(GPS)を使って街の公共施設などに設定された陣地を巡り歩き、争奪するゲームです。

 講義では、地図と位置情報を利用したこのゲームの仕組みを、「人を動かす」「街を理解する」という観点で捉え、社会の問題の解決に活用できないか、学生たちと考えています。今年は夏休み前に日本でポケモンGOのサービスが始まったので、「ポケモンGOで社会問題を解決する」を講義の最終課題テーマにしました。

 イングレスやポケモンGOを運営する会社「ナイアンティック」は、元々はグーグルマップやグーグルアースなどの地図情報サービスを手がけていたメンバーが主体です。

 地図などの空間情報は、地域の多様な情報を集約する基盤となるものです。都市計画や環境影響評価などで、面的に地域を理解する上で欠かせません。私自身も、そのようなコンサルティングを手がけてきました。アマゾン熱帯雨林の衛星画像を元に作製した地図情報が、違法森林伐採の取り締まりに活用されたこともあります。

 加えて、大規模な自然災害でも威力を発揮します。東日本大震災ではボランティアのメンバーとともに、発生から4時間足らずで、被災情報などを地図上に集約するサイト「震災インフォ」を立ち上げました。ネット上の地図を基盤とすることで、避難所の場所などの情報を広く共有することができるのです。

 そのような可能性に加えて、スマホの位置情報ゲームの特徴は、やはり実際に人を動かす、という点です。

 震災を機に20〜30代の女性中心に結成され、私も理事を務める団体「防災ガール」は、イングレスを使って災害時の避難場所を巡る避難訓練を実践しています。岩手、宮城、福島、熊本の地震被災4県などは、ポケモンGOを活用した観光客誘致に取り組み始めました。

 人が動き、実際に顔を合わせることで、人と人とのつながりが生まれます。

 私も自宅の近所で、子どもと一緒にポケモンGOをしていて、「ポケモン、見つかりましたか」と知らない人から声をかけられたことがあります。「こんなポケモンが出るんですよ」と会話が始まる。

 そんな会話から、地域の様子や課題が見えてくるかも知れません。

 ただ、それが一度限りで終わってはもったいない。ゲームをきっかけにした人や地域のつながりを、どうやって継続的なものにし、課題の解決につなげるのか。そんなシナリオづくりも必要になるでしょう。(聞き手・平和博)

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 ふるはしたいち 75年生まれ。NPO「クライシスマッパーズ・ジャパン」理事長。共著に「位置情報ビッグデータ」など。

 

 ■個人情報、捉え直す機会に 湯淺墾道さん(情報セキュリティ大学院大学教授)

 「ポケモンGO」はGPSによる位置情報を使って遊ぶゲームです。

 ただ、位置情報から何がわかり、悪用されたらどんな被害が起きるのか、十分理解されているとは言えません。

 GPSの位置情報は誤差数メートルという精度があります。継続的に位置情報を収集することで、その人の暮らしぶりも明らかになってしまいます。

 3年前、JR東日本のICカード「スイカ」の、乗降履歴データが販売され、プライバシーへの不安から大きな問題になりました。

 これは乗った駅と降りた駅の“点”の情報ですが、ポケモンGOの場合は、まさにプレー中の移動履歴がすべて収集されています。

 例えば移動履歴の中に特定の専門病院があれば、医療情報という機微に触れる情報とひも付く可能性があります。

 日常生活の動線が把握されてしまえば、子どもが誘拐、ストーカーの危険にさらされるかも知れません。

 もちろん、移動履歴は実名とは結びついてはいないし、運営会社の「ナイアンティック」は、今のところ、スイカのように外部販売するとも言っていません。

 ただ、実名と結びついたり、流出したりする恐れもないわけではない。ゲームで使うプレーヤー名を、不用意に実名が推測できるものにしてしまえば、その恐れは高まります。本物そっくりの不正アプリが出回って、スマホのプライバシー情報を抜き出す危険もあります。

 プライバシーだけではなく、デジタルの世界と現実が重なり合うことで、起きてくる犯罪もあります。

 米国では、ポケモンの出現頻度が上がる「ルアーモジュール」というアイテムを使って、被害者をおびき寄せる強盗事件も起きています。ニューヨーク州知事は、子どもたちの保護を目的に、性犯罪で保釈中の人々を対象として、ポケモンGOの利用を禁止しました。

 ただ、プライバシーに関わる情報は、その状況によっても、捉え方が変わることがあります。自動車での個別の移動履歴は、プライバシー情報と言えるでしょう。だが、東日本大震災熊本地震では、通信機能のあるカーナビの移動履歴をまとめて、「通行実績マップ」として公開し、被災状況の共有に役立ちました。

 まして、新しい技術が広がると、それまでのプライバシーや安全の基準の「相場観」を改めて捉え直す必要も出てきます。今後は、インターネットにつながった家電の普及などで、生活のあらゆる場面で、プライバシーに関わるデータが収集されていきます。その利用を、どこまで納得できるのか。

 ポケモンGOが、そんな議論のきっかけになればと思います。(聞き手・平和博)

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 ゆあさはるみち 70年生まれ。九州国際大学教授・副学長を経て現職。著書に「電子化社会の政治と制度」など。
    −−「耕論 ポケモンGOと社会 さやわかさん、古橋大地さん、湯淺墾道さん」、『朝日新聞』2016年09月21日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12569345.html





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