覚え書:「記者有論 障害者施設殺傷事件 差別への対抗、語らぬ政治 南彰」、『朝日新聞』2016年09月24日(土)付。
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記者有論 障害者施設殺傷事件 差別への対抗、語らぬ政治 南彰
2016年9月24日
政治部・南彰
19人の死を悼む献花台は、国会から60キロの山あいにあった。「犠牲者諸精霊」とくくられた塔婆が立てかけられている。手を合わせた後、自問した。「『共生社会』と言いながら、本当に分かち合うための言葉を自分たちは紡げていたのだろうか」
相模原市の障害者施設で7月26日に起きた殺人事件。「障害者は不幸を作ることしかできません」。差別意識をむき出しにした容疑者の犯行予告だった。通常の犯罪とは違う。差別の助長や黙認を断ち切るための言葉が必要だと思った。しかし、その先頭を担うべき政治家の口は重かった。
犯行予告の手紙を受けた大島理森衆院議長は事務方を通して「極めて残忍で許し難い行為」とコメント。安倍晋三首相も関係閣僚を集め、殺人行為を非難はした。でも、障害者差別を許せない理由が抜け落ちたままだった。民進党の代表選でも話題にならなかった。記者の追及も積極的だったとは言えず、政治の不作為を増長させたのかもしれない。
「もっとしっかり訴えた方がいいのではないですか」。そう取材先にぶつけていくと、政治家たちが語らない理由はそれぞれあった。
首相を支える官邸スタッフは「容疑者の身勝手な考え方を取り上げ、独り歩きする方がよくない」と考えた。公明幹部は「事件の詳細がわからない段階で騒ぐと、再発防止の名の下、障害者の隔離強化につながりかねない」と懸念していたという。
しかし、政治の言論空間が押し黙ることで、心身に障害がある人たちは底知れぬ不安にかられている。
国会内での会議で「メッセージを出して欲しい」と訴えていた尾上(おのうえ)浩二・障害者インターナショナル日本会議副議長を訪ねた。事件後、「周りの人も容疑者と同じようなことを思っているのではないか」とおびえる声が寄せられているという。
「有力な政治家が高齢者に『いつまで生きているつもりだ』と発言していることと通底している。重大な問題にせず、『そうだ』と喝采する雰囲気が社会的になかっただろうか。対抗言説が弱いんです」
障害者に不妊手術を強いた優生保護法がなくなったのは20年前だ。今年4月には障害者差別解消法が施行された。だが、その前提となる共生の理念が行き届いていない現実を事件は突きつけている。
移民差別に基づく爆破・銃乱射事件が2011年に起きたノルウェーでは国政で議論を重ねた。首相は「相手をもっと思いやることが暴力に対する答え」と訴え、1年後の追悼集会では「国民は価値観を尊重することで応じた。殺人者は失敗した」と宣言している。
日本の国会が26日に始まる。社会の連帯を確認し合う政治の言葉を引き出せるよう努めたい。
(みなみあきら 政治部)
−−「記者有論 障害者施設殺傷事件 差別への対抗、語らぬ政治 南彰」、『朝日新聞』2016年09月24日(土)付。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12574281.html