覚え書:「後方支援の自衛隊員、捕まったら…捕虜扱いされぬリスク」、『朝日新聞』2016年09月25日(日)付。

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後方支援の自衛隊員、捕まったら…捕虜扱いされぬリスク
谷田邦一 (三浦俊章)2016年9月25日

2004年、有事の際に確保した捕虜の取り扱いが法制化された。自衛隊が確保した敵国の捕虜を収容する訓練の様子。中央が捕虜役=10年版防衛白書から

■戦後の原点
 集団的自衛権の行使や他国軍への後方支援を可能にする安全保障関連法が成立して1年。政府は自衛隊による新任務の訓練を始めるなど運用に動き出しているが、ここに来て、自衛隊員が海外で捕まったときのリスクについて、専門家が強い懸念を表明し始めた。現行法では、隊員は国際法で認められている捕虜の取り扱いを受けられない可能性があるからだ。憲法解釈と現実の自衛隊の運用の新たな矛盾があらわになった。

 問題となるのは、自衛隊による後方支援活動だ。対立する軍や武装勢力から自衛隊が攻撃され、隊員が捕まったらどうなるのか。

 国際法は、兵士が残虐な行為を受けることを防ぐため、「捕虜」として人道的な扱いを保証するルールを定めている。ジュネーブ条約という取り決めだ。

 ところが、政府は、自衛隊員が捕らわれてもこの条約上の「捕虜」には当たらないという立場をとる。これは昨年の国会審議で、民主党(当時)の指摘で明らかになった。辻元清美衆院議員の「捕虜の扱いを受けるのか」との追及に、岸田文雄外相は「日本は紛争当事国となることはなく、ジュネーブ条約上の捕虜になることはない」「こうした拘束は認めない。ただちに解放を求める」と述べた(2015年7月15日衆院特別委)。だが、これでは、捕まった隊員が敵側の法で一方的に処罰されることになりかねない。

 国際法の細部に関わるだけに、すぐには大きな議論にならなかったが、次第に国際法学者から疑問の声が上がるようになった。

 真山全・大阪大教授は、「後方支援は、それが武力行使にあたらなくても、攻撃目標になる。相手が隊員を攻撃したり、捕まえたりしたら、日本はジュネーブ条約の当事国となる。捕虜資格の否定は、敵による自衛官処罰の可能性を大きくする」と批判的だ。

 イラク復興支援で空輸部隊を指揮した元空将の織田邦男東洋学園大講師は、「政府が自衛官を見捨てることになりかねない。隊員の士気に関わる」と語る。

 そもそも国会の議論は論点がずらされ、相互にかみ合っていない。森肇志・東京大教授は、「野党は自衛隊員が捕虜になるかを聞いているのに、政府は後方支援が武力行使に当たるかどうかで答えている。与野党が共通の土俵に立っていない」と指摘する。

 政府は、後方支援は武力行使に当たらないという前提で、自衛隊参加の道を開いた。「捕虜」を認めれば武力行使だと認めることになり、憲法違反になる。ガラス細工のような解釈を象徴していた。

 岩本誠吾・京都産業大教授は、「自衛隊の海外活動が増えれば、今回のように国際法と国内法の矛盾が顕在化する恐れがある。日本の法体系を国際基準に沿って修正すべきだ」と言う。

 一方、憲法に重きを置くならば、結論は逆だ。昨年の国会審議で、辻元議員が指摘したように、「さまざまな人が憲法違反と言っているのは、兵站(へいたん)(後方支援)は戦争の一環であるというルールを全部すっ飛ばしている。これは通用しません」ということになる。

 安保法は、重大な問題を放置したままだ。(谷田邦一)

■活動に何を認めるか、議論不可欠

 青空にぽつんと黒い点が見えた。だんだん大きくなる。輸送機だ。1992年9月、カンボジアの空港で、自衛隊の国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の到着に立ち会った。

 あれから24年。自衛隊は中東ゴラン高原の停戦監視に参加し、イラクでは復興支援で展開した。安保法制では、他国軍の後方支援さえも可能になった。

 制約を外すたび、憲法の関連であいまいな論法を重ねた。「自衛隊が活動する地域が『非戦闘地域』」。「後方支援で戦闘に巻き込まれることはない」。戦場の常識に反する説明が続く。活動の場が広がるほど矛盾は深まる。捕虜問題はその最たるものだ。

 さいわい、これまで自衛隊は実際の戦闘に関与していない。しかしひとたび武器が使われれば、重大な事態は避けられない。ならば野党も含めて、自衛隊にどこまで何を認めるのか議論を尽くし、国民の広い合意が得られる範囲で、活動を定めるのが筋ではないか。

 冷戦下の安保問題は、妥協なき左右のイデオロギー対立と結びついていた。冷戦も終わって久しいが、国民共通の関心事項であるはずの安全保障は、黒白の対立テーマであり続けている。((三浦俊章))

     ◇

 〈ジュネーブ条約〉 武力紛争において生じる捕虜の取り扱いを定めた。軍隊の構成員が敵の捕虜となったときには、人道的に扱われねばならず、報復は禁じられる。暴行や脅迫を加えてはならず、食料や衣服などが供給される。敵対行為が終了した後は、捕虜は遅滞なく釈放・送還されなければならないとしている。
    −−「後方支援の自衛隊員、捕まったら…捕虜扱いされぬリスク」、『朝日新聞』2016年09月25日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/ASJ9Q4FKRJ9QUPQJ004.html





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