覚え書:「今こそ高橋和巳 社会に肉薄『求道者の文学』」、『朝日新聞』2016年09月26日(月)付。
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今こそ高橋和巳 社会に肉薄「求道者の文学」
2016年9月26日
高橋和巳
破滅文学、苦悩教の始祖と呼ばれた。全体性をつかもうと格闘し続けた。
2014年に『邪宗門』で始まった河出文庫の高橋和巳作品の復刊が、没後45年にあたる今年、『憂鬱(ゆううつ)なる党派』『悲の器』と続いている。
『邪宗門』は戦前・戦中に弾圧された宗教団体が、戦後、世直しのため武装蜂起し、政府とGHQ(連合国軍総司令部)に鎮圧される物語。『憂鬱なる党派』は1950年代の左翼運動の分裂を背景にし、『悲の器』は自らのスキャンダルに法をもって戦う刑法学者が主人公だ。
社会思想史研究者で京都精華大学専任講師の白井聡さん(39)は、少し前に高橋作品と出あい、感銘を受けた。『永続敗戦論』の著者らしく、「敗戦と革命の挫折」に思いをはせた、という。
「対米従属批判は60年安保の頃までは盛んだったが、経済的成功とひきかえに不問に付されていく。安保法など戦後の総決算が迫られている今の課題は、この時代に根があったと改めて痛感しました」
もう一点、白井さんが刺激を受けたと話すのは、人間社会の実相に肉薄する作家のまなざしだ。権力はいかに複雑な構造に支えられているか。同じ世界観をもちながら、どんな卑俗な思惑から亀裂は生じるのか。この夏の都知事選で敗北した野党共闘を見るにつけ、政治と人間への冷徹で豊かな想像力の引き出しをもつことが、市民の側にも不可欠だと思ったという。
政治思想史研究者で放送大学教授の原武史さん(54)も、学生時代に読んだ『邪宗門』の衝撃が忘れられない。壮大なスケールで描かれる「虚構の戦後像」。マルクス主義の影響がまだ強い中、宗教という土着のものに根差した変革をめざす着想も斬新だった。
促されるように、大学院では、小説のモデルとされる宗教法人大本の本部に、資料収集のため滞在する。国家への反乱は架空の物語だが、大本の歴史の中で、天皇制や国家神道に対峙(たいじ)したとみられる要素があったことを知った。
「政治と宗教の問題を掘り下げていく自分の研究を、決定的に方向づけた小説です」
一般には難解な点も多い。でも生前退位問題はじめ天皇制について考えることが重要ないま、作品の問題提起は古びていない、と原さん。
すぐれた中国文学者でもあり、母校の京大へ赴任した高橋は、全共闘運動に一定の支持を表明した。教員の権威主義や知識人の欺瞞(ぎまん)に自覚的だった。やがて学生との板ばさみに苦しみ、39歳の若さで病死する。葬儀には多くの若者が弔問に訪れ、「思想的事件」と言われた。「自己指弾」の文学がたどり着いた悲劇と惜しむ論評もあった。
だが批評家の若松英輔さん(48)は、そうした現象的な作家として語られすぎたことが、三島由紀夫と並ぶスターで、文学史に残る力量ある作家を「過去の人」にしてしまった理由の一つとみる。
高橋の作品世界の神髄とは「求道者の文学」だと、若松さんは言う。人間と、人間を超えるもの。語り得ることと語り得ないこと。時代と永遠。理想と現実――。
「ままならない問題の『あいだ』に立って苦しみ抜いたからこそ、宗教を、外側からだけでなく内面の海、実存をもって描き、沃野(よくや)を切り開くことができた。彼の作品を政治運動や時代の文学に置き換えてはいけない。同時に、あまりに形而上(けいじじょう)学的に受け止めてもいけないと思います」
個人の実存から世界の成り立ちまで。「生涯にわたる阿修羅」としての思索の往還が、全体が見えない時代を生きる私たちを、静かに鼓舞する。
(藤生京子)
<足あと> たかはし・かずみ 1931年、大阪市生まれ。日雇い労働者の多い西成区で育つ。太平洋戦争の空襲で実家と零細工場を焼失。49年、京都大文学部入学。62年に「悲の器」で文芸賞を受賞して人気作家となり、『邪宗門』は「朝日ジャーナル」に連載された。専門の中国文学研究も続け、67年、京大助教授。全共闘運動のさなかに倒れ、71年死去。妻は作家の故・高橋たか子。
<もっと学ぶ> 小説はほかに『我が心は石にあらず』『日本の悪霊』『散華』など。評論・エッセーに『孤立無援の思想』『わが解体』『人間にとって』など。
<かく語りき> 「天国はなくていい。地獄もまた虚妄にすぎない。地獄の門前にいて、その門より拒まれてあること、それは地獄でも天国でもない場所に人間の世界をつくるための絶好の条件であろう」(「失明の階層」から)
◆「今こそ」は今回で終わります。
−−「今こそ高橋和巳 社会に肉薄『求道者の文学』」、『朝日新聞』2016年09月26日(月)付。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12577521.html