覚え書:「政治断簡 家族と改憲、自民草案の危うさ 編集委員・国分高史」、『朝日新聞』2016年10月9日(日)付。

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政治断簡 家族と改憲、自民草案の危うさ 編集委員・国分高史
2016年10月9日

 「戦略的沈黙」と言ったら大げさだろうか。

 衆参両院で「改憲勢力」が3分の2を占めてから初の本格的な国会論戦だというのに、安倍晋三首相や自民党からは改憲に向けた具体論や道筋は聞こえてこない。

 衆院予算委では、与党から憲法にからむ質問は一切なし。野党からどんなに水を向けられても、首相は積極姿勢を示しつつ、「憲法審査会で静かに議論を」との構えから踏み出さない。街頭演説で全く憲法に触れなかった夏の参院選を思い起こさせる。

 もちろん、首相として具体的な改憲項目など示そうものなら「数のおごり」と批判される。環太平洋経済連携協定(TPP)承認案の審議も控えているから安全運転になるのだろう。衆参の憲法審査会の実質審議の日程もまだ見えてこない。

 官邸内からは「昨年の安全保障関連法制でエネルギーを使い切り、いまは改憲への熱は高くない」との声も聞こえる。自民党総裁任期の延長が実現すれば、在任中の改憲に時間の余裕が生まれる事情もある。あせらず、騒がずということか。

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 それでも与党はやがて改憲項目を絞り込んでいくだろう。それはどの条項か。

 「まずは結婚の自由や両性の本質的平等を定めた24条では」。こう見るのは、先月発足した「24条変えさせないキャンペーン」の呼びかけ人のひとり三浦まり・上智大教授(政治学)だ。

 「女性活躍」を掲げる政権は、旧姓使用の拡大などで女性が働きやすい環境づくりを進めようとしている。一方、これは旧来型の男女分業や家族の絆を重んじる勢力には評判が悪い。そこで家族を「社会の自然かつ基礎的な単位」と位置づけ、「互いに助け合わなければならない」と書き込む24条改正を実現すれば、不満も収まるとの見立てだ。

 憲法に道徳を書くのはおかしくても、「助け合い」そのものには反対しにくい。内閣に強い権限を与える緊急事態条項より、国民投票のハードルは低くなるのではと三浦さんは指摘する。

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 5日の参院予算委。民進党蓮舫代表は自民党草案に触れ、「国家が担ってきた社会福祉を家族でやれ、という流れになるのではと心配している」と語ったが、問題はそこにとどまらない。

 「24条キャンペーン」に加わる弁護士の打越さく良さんは、家庭内暴力事件に携わる中、夫が暴君のように振る舞っても経済的理由や子への配慮から我慢し続ける多くの女性たちをみてきた。

 「改憲派は24条のせいで家族の解体が進んだというが、実態は逆だ。家族の中での個人の尊厳や両性の平等はいまだ実現されていない」と訴え、自民草案ではかつての家制度のように女性が家長に従うだけの単なる「構成員」にされかねないと懸念する。

 最高裁から政策的判断を求められた選択的夫婦別姓など、改憲より先に国会が論ずべき課題は多い。議論の順番を間違えてはいけない。
    −−「政治断簡 家族と改憲、自民草案の危うさ 編集委員・国分高史」、『朝日新聞』2016年10月9日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12599873.html





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