覚え書:「耕論 国家10万年の計 杤山修さん、海部陽介さん、小川一水さん」、『朝日新聞』2016年10月12日(水)付。

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耕論 国家10万年の計 杤山修さん、海部陽介さん、小川一水さん
2016年10月12日

イラスト・小倉誼之

 原発のごみを10万年間、国が管理するという。原子力規制委員会が基本方針を示した。10万年前はネアンデルタール人がいた時代。この途方もない年月をどう考えればいいのか。

 ■原発ごみ、隔離し安全確保 杤山修さん(原子力安全研究協会技術顧問)

 「10万年の管理」という言葉が、誤解を招かないか心配しています。実際の処分は、人の管理の手を離れても安全が確保できるようにするのが基本的な考え方です。人の生活環境から離れた地下深くに隔離し、閉じ込めるのです。

 電力会社などの組織が続くのはせいぜい数百年でしょう。いつまでも管理し続けると言っても、空約束にならざるを得ません。だから、数百年を超えて危険が残るものは、人の手による管理が不要になるようにします。

 原子炉内の廃棄物は地下70メートルより深く、使用済み燃料から生じる高レベル放射性廃棄物は300メートルより深くに埋め、坑道も閉鎖します。普通は人が近づきませんが、将来、誰かが偶然にボーリングで掘ってしまうことも絶対ないとはいえません。そこで国が続く限り、掘削などを制度で制限していくべきだというのが原子力規制委員会が求める国の「管理」です。

 かつては様々な処分法が検討されました。宇宙への処分は、打ち上げに失敗したら廃棄物がまき散らされ、費用もかかります。海底に捨てれば海を汚すかも知れません。地下への処分が国際的に妥当とされています。変化が激しい地表に比べ地下深くは安定しています。酸素が少なく地下水もほとんど動きません。人工の閉じ込め機能が損なわれても、こうした天然の閉じ込める仕組みで地表に放射性物質が届かないようにします。

 高レベル廃棄物の放射能が特に高いのは千年ほど。廃棄物はガラスで固め、厚さ19センチの金属で覆います。金属が腐食して壊れるには、千年以上かかります。外側には厚さ70センチの粘土があり、通り抜けるのに数万年かかります。さらに様々なシナリオで将来を予測し、安全を確保します。

 10万年は地球の歴史でみれば短い時間です。プレート(岩板)が沈み込み、地震や火山活動が活発な日本列島で、地下に処分できるかという声もありますが、活断層や火山がある場所を避け、具体的に検討していけば処分に適した場所はあると考えます。

 遠い将来なので絶対に安全という保証はできませんが、地上にある限りは人による管理が必要です。いつまでも、将来の人々に管理を続けろと強いるわけにはいきません。

 廃棄物があること自体に納得いかない人もいるでしょうし、過去の意思決定が悪かった部分もあるでしょう。でも過去は変えられない。原子力への賛否を抜きに、何とかしなければということは共有できるのではないでしょうか。

 処分の考え方は分かりにくく、想像をもとにした議論が疑心暗鬼を招いています。どのくらい危ないのか、10万年は長いのか短いのか、まずは中身を知り相場観を持ってもらえればと思います。

 (聞き手・編集委員 佐々木英輔)

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 とちやまおさむ 44年生まれ。東北大学教授を経て現職。高レベル廃棄物処分の「科学的有望地」の条件を検討した経済産業省作業部会委員長。

 

 ■人の姿、劇的に変わり得る 海部陽介さん(人類進化学者)

 10万年という時間にどれくらい意味があるかは生物ごとに異なります。たとえばチンパンジーは、過去10万年それほど大きく変化していないと考えられます。しかし、人類にとっては、非常に劇的な時間でした。ホモ・サピエンスが生まれ、進化して、今にいたるまでのほとんどが10万年の中に詰められています。

 アフリカ大陸に現れたホモ・サピエンスが、現生人類と同じような存在になったのは10万〜15万年前と考えられます。地球規模に広がったのはこの5万年の間です。日本列島には3万8千年前に到達しました。10万年前は、ヨーロッパには僕らの直接の祖先ではないネアンデルタール人が、インドネシアにはジャワ原人がいました。そういう原始的な、しかも多様な人類がいた時代です。

 ホモ・サピエンスの文化は、原人や旧人と違って地理的な多様性が生じました。原人の遺跡はどこでも同じようなものですが、ホモ・サピエンスの遺跡は地域ごとに違いがあります。創造力にたけているからだと思うんですね。そうして人間はいろんなものを生み出しました。車も飛行機も、いま扱いに困っている放射性廃棄物も。

 次の10万年がどうなるかはまったく分かりません。何しろ人間はこの10万年間ですっかり変わりましたから。生物学的な存在としては変わっていませんが、自らをとりまく環境を激変させました。医学が発達しましたし、豊かになったのに子どもを産まなくなりました。もはやダーウィンの自然選択論をも超越しており、普通の生物が経験している進化のルールが当てはまりにくくなっています。むしろ、遺伝子操作やサイボーグの技術で自らを変えるかもしれません。

 ただし、人類が絶滅しているということは想像できないですね。大多数の人間は、子や孫の時代のこと、未来のこともちゃんと考えたいと思っていますので。ほかの動物は未来のことは考えません。

 人類が、現代の文化を継承していない存在に入れ替わることも起こらないと思います。10万年前と違って、今は文字も持っています。地中に埋めた放射性廃棄物を10万年後の人類が見つけたとき、近づいたり掘り返したりしないように記録を残し、メッセージを伝えることは可能ではないでしょうか。というか、それぐらいできなくてどうするのか、という問題です。

 火山の噴火や地震は自然現象ですが、地球温暖化酸性雨は人間が手を下したことで起きたことです。核の問題もそう。人間にエネルギーは必要ですが、遠い未来にゆがみを残さないためには自然に対する正しい知識を持ち、管理する場合はその技術と体制をしっかり確立しなくてはなりません。

 (聞き手・吉沢龍彦)

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 かいふようすけ 69年生まれ。国立科学博物館人類研究部・人類史研究グループ長。著書に「日本人はどこから来たのか?」。

 

 ■託されるのは「誰」なのか 小川一水さん(小説家)

 SFの世界であれば、10万年は長い時間ではありません。「ドラえもん」の劇場版第1作「のび太の恐竜」の舞台は白亜紀です。10万年どころか1億年前に飛ぶわけです。天体の動きや星の進化を考える場合も、10万年はあっという間です。

 時間のスケールを変えるということもSFではよくやります。星から星へと数千年の旅を気軽に繰り返す、50万歳のロボットの話を書いたことがあります。逆にハードSFの名作である「竜の卵」(ロバート・L・フォワード作)に登場する種族は、生まれて十数分で死んでいく。それでも文明を築いていきます。

 そんなふうに頭の中で時間を飛び越したり操ったりできるのは、私たち人間が主体を離れて思考できるからです。必ずしも今の人間とつながらないところにも、語り手と語られるものを置いて物語を作ることができます。

 とはいえ、実際は10万年といったら日本列島の形が変わるほどの時間です。議論している方々が百も承知のことでしょうが、生き物も変わるし、人類がいまと同じ姿とも限らない。ですから放射性廃棄物を10万年管理するという話は、現実的には意味はありません。この問題がわれわれのものだと言える期間は長くて数百年でしょう。

 人間は大きなものをたくさんつくってきました。巨大なダムや船、送電網、そして国家などです。それを可能にしたのは、そういうものがありうる、という想像力です。

 日本にある高レベル放射性廃棄物をガラス固化体にすると、2020年までの分で4万個、2万トンほどの量になると言われます。大型カーフェリー1隻分です。単純に「どこかに2万トンの船を置く」と考えれば、ことは小さな問題になってしまいます。ですが、生身の人間にとっては非常に大きな量です。その船が及ぼす影響も無限に広げて考えられるでしょう。形の異なる想像力がぶつかりあって問題を形成しています。

 整理した方がいいのは、放射性廃棄物を管理する「われわれ」とは何か、それを誰に向けて管理するのかという問題です。千年後にある国土、政府、そして人間は、「われわれ」でしょうか。私たち日本人は、自国の過去と未来、自分とその周りの環境を、一体になった「われわれ」だと捉えようとしますが、その形は常に変化し、周辺は他のものと混じり合っています。私たちが影響を与える相手は、私たち以外の誰かであることを忘れてはなりません。

 放射能を帯びたごみを千年後に管理しているのは私たちではありません。それは忘れてよいものではなく、誰かに渡すものになります。私たちが考えるべきなのは「その方法で他人に渡せるのか」だと思います。

 (聞き手・吉沢龍彦)

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 おがわいっすい 75年生まれ。「リトルスター」でデビューし、SFや冒険小説を執筆。現在「天冥の標」を刊行中。
    −−「耕論 国家10万年の計 杤山修さん、海部陽介さん、小川一水さん」、『朝日新聞』2016年10月12日(水)付。

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