覚え書:「生前退位、決断のわけは 前ローマ法王『力が衰え、任務果たせず』」、『朝日新聞』2016年10月13日(木)付。

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生前退位、決断のわけは 前ローマ法王「力が衰え、任務果たせず」
2016年10月13日

あいさつを交わすフランシスコ法王(右)とベネディクト16世=ロイター
 
 天皇陛下が8月、生前退位の意向を強くにじませたお気持ちを表明した。継承のあり方を模索するのは、「神の代理人」と称されるローマ法王も同じだ。2013年には前法王ベネディクト16世が約600年ぶりに生前退位した。約2千年の伝統を守る保守的な組織とみなされがちなカトリック教会も、社会の変化の中で新たなあり方を見いだそうとしている。

 ■信者、交流望む時代に

 「力が衰え、任務を果たしていくには不適格だと認識した」。前法王は13年2月11日の枢機卿会議で生前退位を表明した。当時85歳だった。

 生前退位は、教会法332条第2項で「自身の自由意思によって行い、適切な方法で表明されなければならない」と定められていた。だが信者にとって法王は絶対的な存在で、実際には終身が原則となっていた。前法王の生前退位によって、地位を世俗化してしまったとの批判も保守派からは出ている。

 前法王は、9月9日に発売されたペーター・ゼーバルト氏によるインタビュー本「最後の会話」の中で、生前退位を決断した経緯を明らかにした。同書によると、前法王が退位を最終的に決めたのは表明の半年前の12年8月ごろ。その5カ月前にメキシコ、キューバを訪問していた。「旅がひどく疲れさせた」と語り、もう大西洋を渡ってはならないと医師に告げられたという。

 13年夏には、法王が参加する一大行事「世界青年の日」がブラジル・リオデジャネイロで予定されていた。「新たな法王がリオへ行くのに間に合うよう、辞めるべきなのは明らかだった」と説明した。

 法王の仕事は多岐にわたる。儀式、信者との交流行事、要人との面会、執筆。教会内外の問題にも決断を下さなければならない。外遊先でも分刻みのスケジュールが続き、何度もミサを行う。知力と体力が十分でなければ務まらない重責だ。

 より世界中に出向き、より信者の身近に――。この半世紀でローマ法王のあり方は大きく変わった。

 インターネットやメディアが発達する一方で、世界約12億人の信者は法王との触れ合いを一層望むようになっている。法王自身が信者の集う地へ赴き、直接交流することが、カトリックの原動力になっている。

 現在のフランシスコ法王も積極的に外遊し、生前退位を前向きにとらえている。「いつか前へ進めないと感じたら私も同じようにするだろう」と述べ、生前退位を決断したベネディクト16世を「革命家」だと称賛している。(ローマ=山尾有紀恵)

 ■「知力と精神力不可欠」 前法王と親交、ペーター・ゼーバルト

 前法王ベネディクト16世から生前退位の真相を取材した、ペーター・ゼーバルト氏(62)に聞いた。

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 ラツィンガー(ベネディクト16世)は予期せず法王に選ばれた。本人は長生きするとは思っておらず、2年か3年で終わると思っていた。だが8年になった。

 教会法は必ずしも法王が退位することを禁じていないが、それは実際には起こらない、途中で辞めるのは特別な地位に見合わない、と多くの人は考えていた。

 2010年の夏に、彼に会った。私は彼に「辞めることを考えていますか」と聞いた。彼は「法王が肉体的にも精神的にも執務できなくなった場合、辞任する権利があり、辞任すること自体が義務だ」と答えた。

 21世紀はこれまでと状況が大きく変わった。昔の法王はバチカンから離れることもあまりなく、イタリア国内がせいぜいだった。今は(世界各国で)100万人以上が立ち会う「世界青年の日」に出ないといけない。

 ビデオで出席してもよかったのだが、彼は、法王就任直後のケルンでの「世界青年の日」で、いかに法王がそこにいることが重要であるかを体験していた。法王はいろいろな所で話をするとき知的にも精神的にも力を持っていないといけない。

 彼の決断に関して、多くの人は納得している。彼は法王の存在の仕方を変えてしまった。ある意味で「近代的にした」ともいえる。ヨハネ・パウロ2世は死に至るまで、(儀式や交流など)自分の課題を果たすために苦悩した。そのこと自体が法王としての執務の一部であると彼自身考えたからだ。それを多くの人が見て、教えに共感したことも否定できない。

 生前退位した元法王がどうあるべきかという基準を、彼(ベネディクト16世)がいま自らの行動で懸命に作っているところだ。彼は辞める時、新法王に絶対服従するということを強調した。影の法王があってはいけない。

 20世紀には、法王という体制はいつかなくなると皆が言っていた。実際には反対だ。現在、法王は非常に大きな力強い存在感を世界中に示している。(生前退位で)法王は自分に与えられた力すべてで活動できることになる。

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 Peter Seewald ドイツ人ジャーナリスト。1954年生まれ。前法王ベネディクト16世と親交が深く長年にわたり伝記を執筆。
    −−「生前退位、決断のわけは 前ローマ法王『力が衰え、任務果たせず』」、『朝日新聞』2016年10月13日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12604688.html


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