覚え書:「売れてる本 山怪―山人が語る不思議な話 [著]田中康弘 [文]山口文憲(エッセイスト)」、『朝日新聞』2017年01月15日(日)付。

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売れてる本
山怪―山人が語る不思議な話 [著]田中康弘
[文]山口文憲(エッセイスト)  [掲載]2017年01月15日
 
マタギの奇妙な体験に導かれ

 巻頭のエピグラム風の一文によると〈日本の山には何かがいる〉。〈誰もが存在を認めているが、それが何かは誰にも分からない〉ものがいるらしい。
 写真家として全国の山村を歩くこと二十数年。マタギの文化に通じた著者が〈山人が語る不思議な話〉(副題)を集めたのが本書だというのだが……。
 山には無関心で、不思議や怪奇にも興味なしという私などにはまるでとっかかりがない。ただし、この本がよく売れているという評判だけは気になる。
 そこでやっかみ半分に拾い読みをしてみると、中身は案の定である。登場するのは人に悪さをする狐(きつね)にムジナにその他もろもろ。なんだ、柳田國男の『遠野物語』の焼き直しか、古すぎるぞ。と、一本とった気になっていたら、そんなことは版元も先刻ご承知で、帯に〈現代版遠野物語〉とうたってある。
 そこで、ためしにその「現代」に着目して読み直してみるとどうだろう。同じ本がにわかに面白くなってくるのである。
 いわれてみればその通りだが、今日の山村はある意味都会と何も変わらない。だから、都会に心霊現象によくあう人と一度もあわない人がいるように、ここにもその両派がいる。マタギ発祥の地で、いまもその伝統を色濃く残す秋田の旧阿仁町でもこれは同じ。ある七十代半ばの超ベテランマタギがいう。
 「そうだな、例えばよ、五人で列になって猟場に向かうべ。そん中で何かあるのはいつも決まった人なんだ。何も無い所を歩いていても、その人だけが何かに足を引っ張られることがあるな。おらか? おら、そんなことまったく無いけどよ」
 著者にもいくらか「足を引っ張られる人」のけがあるのだろうか。ほんの少しだけ触れられた自身の「山怪」体験が、皮肉なことにこの現代版遠野物語のなかではいちばん怖い。カーナビの話で、音声ガイドが「次を右です。その先左です」と指示するのをたよりに夜の林道を走っていると、いつのまにか……。
    ◇
 山と渓谷社・1296円=12刷8万6千部
 15年6月刊行。「山好きや怪談ファンに加え、民俗学に関心のある層へも広がり、老若男女から反響がある」と編集者。今月『山怪 弐』が出る。
    −−「売れてる本 山怪―山人が語る不思議な話 [著]田中康弘 [文]山口文憲(エッセイスト)」、『朝日新聞』2017年01月15日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/column/2017011800003.html








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田中康弘
山と渓谷社 (2015-06-06)
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