覚え書:「憲法を考える 家族の助け合いとは 枝元なほみさん、百地章さん、樋口恵子さん」、『朝日新聞』2016年10月15日(土)付。

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憲法を考える 家族の助け合いとは 枝元なほみさん、百地章さん、樋口恵子さん
2016年10月15日


グラフィック・上村伸也

 憲法改正論議で「家族観」は大きなテーマ。自民党憲法改正草案では「家族は、互いに助け合わなければならない」とうたう。家族をどうとらえればいいのか。

 

 ■家族像、縛らず認め合おう 枝元なほみさん(料理研究家

 87歳の父は2011年に脳梗塞(こうそく)で倒れ、その後、母が亡くなりました。私は2人きょうだいですが、弟も病気ですでに亡くなっています。

 父が認知症になった当初、ふらりと外に出て行方がわからなくなってしまうなど、父から目が離せなくなりました。親の介護をしていた友人で詩人の伊藤比呂美さんが「プロの手をできるかぎり借りるんだよ」と助言してくれました。本当にそうだと思う。父は施設に入りました。

 父は時々「帰るぞ」と言いますが、認知症などの症状はさらに進んでいます。もし家で父をみようとすれば、私は働けなくなります。相手が大好きな家族でも、つぶれてしまうんです。

 家族と一緒でなくても豊かに暮らせます。そのことは、先日、96歳で亡くなった伯母の人生から感じました。

 伯母は知的障害があり、30年近く同じ施設にいました。母も私も、そのことをどこかで「かわいそう」「申し訳ない」と感じていました。

 伯母が亡くなった後、施設での写真を見せてもらったら、ガハハハハッと、とってもかわいく笑っていた。施設長のカメラレンズの前で見せた、心の底からの笑顔に見えました。別の職員には「私たちの太陽でした」と言われました。伯母は、とてもいい人たちに囲まれ、豊かな時間を過ごしていたのです。施設の人たちこそが、伯母の家族とも言える存在だったのです。

 30年前から料理研究家をしていますが、最近は料理本から4人分のレシピが減ったり、野菜がカットされて少量単位でスーパーで売られるようになったり。一人暮らしが増えているのだと実感します。それぞれの家族に、それぞれの事情があるんです。

 私自身いろいろな事情があって、夫、子どものいない一人暮らしです。非正規で働く人が増え、経済的な理由で結婚に踏み切れない人も多い。自立支援で関わっているホームレスの人たちの中には、家族の助け合いが難しい人も少なくない。子どもの貧困も深刻です。経済や政治の結果として社会に格差が広がっているのに、その解決を本人や家族だけに押しつけるのは間違いではないでしょうか。

 今、みんなが現実にどう生きて、どう暮らしているのか。「家族の助け合い」を憲法に入れようとする人たちは、そこを見ていないのではないかと感じます。

 憲法は、権力を持った人たちの暴走を止めるものです。自民党の草案は逆で、権力者が憲法を使って、自分たちが思う「正しい価値観」で国民を縛ろうとしています。家族については、私たち一人ひとりこそが専門家。考えはそれぞれ違いますが、違いを認め合うことでしか、未来は作れないのではないでしょうか。

 (聞き手・長富由希子)

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 えだもとなほみ 55年生まれ。ホームレス支援のNPO法人ビッグイシュー基金」理事。農業支援の社団法人「チームむかご」も主宰。

 

 ■「家系」の重視で解体防げ 百地章さん(国士舘大学大学院客員教授

 戦後の憲法によって、日本の伝統的家族は破壊されてしまいました。マッカーサー草案は、「日本の家族は、男性が女性を支配している」という誤解から作られました。だから家制度を廃止し、徹底的に家族を破壊しようという意図が働いたのです。

 憲法24条に「家族」という言葉はあります。しかし、想定されているのは、結婚によってできる夫婦という「横軸の家族」だけ。祖先から続く命の流れ、生命の連続としての「縦軸の家族」は出てきません。これを憲法に位置づけることが必要です。

 日本は伝統的に祖先を大事にしてきました。絶対的な神よりも祖先を崇拝し、心のよりどころにすることが、道徳的な規範の一つにもなっていました。それなのに、今では「家族より自分」という風潮が行き過ぎて、「夫婦別姓」を推進する人たちも出てきました。「夫婦同姓」は一つの家系を尊重することであり、祖先を大事にすることです。夫婦別姓は親子別姓につながり、家族の絆の破壊に拍車をかけます。憲法に家族を規定すれば、こうした家族解体の運動を食い止めることができるのではないでしょうか。

 子どもの教育やしつけの場としての家族も再評価する必要があります。3世代同居の方が子どもの情操も安定するでしょうし、学力が優れているという指摘もあります。

 家族は、高齢者を介護する場でもあります。住宅事情など様々な理由で家族だけの介護ができないこともあるでしょう。しかし、可能なら介護はできるだけ家族でした方がよいと思います。社会保障が後退するという意見もありますが、「家族の助け合いを定めたら、社会福祉国家が否定される」というわけではありません。自助、共助、公助のバランスが大切なのです。

 戦前の家制度の復活につながるという指摘もありますが、「戸主」の復活ではありません。伝統的家族の良さを見直そうということです。憲法24条にある「両性の合意のみ」の「のみ」は、結婚に対する戸主の同意を排除した規定です。ただ、今でも親と結婚の相談はするでしょう。一方、親が結婚を強制することは、現代ではあり得ません。

 憲法に訓示を書くことに批判もあります。しかし、憲法に訓示規定がある国は珍しくなく、多くの国で家族の保護がうたわれています。「助け合い」の規範からはみ出る少数者に対する配慮は必要ですが、少数者に合わせれば、国の基本が成り立ちません。

 個人の尊重は大切ですが、今の憲法では、国民の共同体としての国家、共同体としての家族、ひいては「家族国家」の姿が見えてこない。家族に対する国民の意識を取り戻すために、憲法で家族の保護をうたうことが必要です。

 (聞き手・杉原里美)

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 ももちあきら 46年生まれ。専門は憲法学。日本大学教授を経て現職。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」幹事長。「日本会議」政策委員。

 

 ■負担減らす環境づくりを 樋口恵子さん(東京家政大学名誉教授)

 家族は大事です。肉親の情は何ものにも代え難い。家族の仲むつまじさを守るためにも、家族にかかる負担を減らさなければいけません。

 介護の一部を社会化した介護保険制度は、初めから家族介護を前提にしています。そして、家族介護を巡る状況は大きく変わっています。

 かつては長男の嫁が一身に舅(しゅうと)や姑(しゅうとめ)の介護を引き受けていましたが、今は男女ともに実の親を介護する「総介護時代」。年間10万人が介護離職し、男性管理職の介護離職が社会問題化していることからも明らかです。共働きの増加やきょうだい数の減少によるもので、一人っ子が同時に両親を介護することも珍しくありません。

 連合の調査では、36%の介護者が要介護者に「憎しみを感じる」と回答しています。介護保険があってさえ、長寿化に伴う介護の長期化や担い手の縮小によって負担感が強まっていることの表れでしょう。これまで以上に家族の負担を減らす方法を考えなければ、家族はつぶれてしまう。

 憲法は、国が国民に約束することを定めたもの。その考えに基づけば、「家族は助け合わなければならない」という規定ではなく、「家族が助け合えるように、国は条件を整えなければいけない」とすべきではないでしょうか。

 家族を重要視するなら、家族に何かを求めるのではなく、家族を支援することこそが求められているのです。待機児童問題に象徴されるように、子育てだって大変です。国も子育て支援に力を入れていますが、まだ足りません。

 一方、家族のいない人も増えています。2010年時点で50歳の男性の2割、女性の1割は結婚したことがありません。35年には男性が3割、女性が2割にまで上がる見通しです。出生率は1960年時点ですでに2・00まで下がっています。今の50代後半より下の世代は、きょうだいも少ないのです。

 きょうだいが少なく、子も孫も、めい・おいもいない人を、私は「ファミリー」(家族)が「レス」(ない)の「ファミレス」人と呼んでいます。日本は本格的なファミレス時代を迎えます。援助を受けられる家族がいる「ファミアリ」人と、ファミレス人との間には、新たな格差が生まれつつあります。

 家族への支援が必要なのと同じように、ファミレス人も高齢化すれば支えがなければ生きていけません。家族でなくても周りで助け合えるような社会を目指しませんか。

 また、家族を大事にするためには、男女平等が大前提で、両方の家系を等しく大事にすることが重要です。夫婦別姓が認められなければ、結婚で96%が夫の姓になっている現状では「家制度」に戻りかねないと懸念しています。

 (聞き手・友野賀世)

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 ひぐちけいこ 32年生まれ。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長。著書に「大介護時代を生きる」など。
    −−「憲法を考える 家族の助け合いとは 枝元なほみさん、百地章さん、樋口恵子さん」、『朝日新聞』2016年10月15日(土)付。

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