覚え書:「売れてる本 カラスの教科書 [著]松原始 [文]武田砂鉄(ライター)」、『朝日新聞』2017年02月05日(日)付。

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売れてる本
カラスの教科書 [著]松原始
[文]武田砂鉄(ライター)  [掲載]2017年02月05日
 
■むしろ人間を怖がっている

 「カラス なぜ鳴くの カラスの勝手でしょ」との替え歌があるが、カラス側に立てば、そうやってネガティブキャンペーンを続ける人間こそ勝手だ。
 「何もしていないのに急に」襲ってくるイメージを持つ人は多いが、カラスはむしろ人間を怖がっている。巣や雛(ひな)を狙う敵とみなした人間を威嚇するまでに、とにかく段階を踏む。いつもの鳴き声「カア、カア」を「カアカアカアカア!」と激しくし、次に、とまった枝をくちばしで叩(たた)き始め、それでもダメなら頭をかすめるように飛んでみる。この辺りでようやく気付いた人間は「急に襲われた」とカラスを煙たがる。急じゃないのだ。
 大学院の博士課程までカラス研究を貫いた動物行動学者による本書は、「お読み頂いた方のカラスを見る目が、明朝は少しでも優しくなることを願ってやまない」と締めくくられる、カラスの気持ちを代弁する一冊。
 カラスは一生を終えるまでに70個ほどの卵を産むとされるが、繁殖するのはごくわずか。かつて石原都政下ではカラスの被害が問題視され、「カラス緊急捕獲モデル事業」と題した捕殺が強化されたが、この手の捕殺は「放っておいても春までに死ぬような奴(やつ)を捕殺してしまっている可能性が非常に高い」という。ワイドショー等が「カラス=悪者」の図式を強めたが、その生態は詳しく問われずじまい。
 生ゴミの臭いを嗅ぎ分けてゴミを漁(あさ)るイメージを持っている人が多いはず。でも実はカラスに嗅覚(きゅうかく)はほとんどない、と伝えれば驚くのではないか。一撃で獲物を仕留める爪を持っていないので、獲物の首筋を必死につつくなどして殺(あや)める。物足りない攻撃力が残虐なイメージを増幅させるという悪循環なのだ。
 古い文献に記されたカラスと日本人の蜜月も微笑(ほほえ)ましい。「カラスと黒猫どちらが不吉でしょうか?」との問いに著者はどう答えたか。「どちらも出会うと楽しいじゃないですか」だ。私たちはもう少し「カラスの言い分」に耳を傾けるべきである。
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 講談社文庫・778円=7刷2万6千部 16年3月刊行(元の単行本は雷鳥社刊)。担当編集者は「鳥にちょっと興味のある人や、かわいいイラストにひかれる人が手に取っている」。
    −−「売れてる本 カラスの教科書 [著]松原始 [文]武田砂鉄(ライター)」、『朝日新聞』2017年02月05日(日)付。

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