覚え書:「ザ・コラム 沖縄と本土の不条理 戦没新聞人の碑からの叫び 駒野剛」、『朝日新聞』2016年10月20日(木)付。

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ザ・コラム 沖縄と本土の不条理 戦没新聞人の碑からの叫び 駒野剛
2016年10月20日

 猫がけだるそうに寝そべっている。取り囲むようにベンチに座る老人たちはよもやま話に忙しい。夕刻、那覇市若狭の旭ケ丘公園辺りは穏やかな時間が流れていた。

 一方、園内には対極的に戦を象徴する慰霊碑が立っている。国内最後の地上戦闘が繰り広げられた沖縄は、日本人の死者18万8千人余。その65%を県出身者が占める。

 碑の中に新聞活字が刻まれた三角岩を見つけた。「戦没新聞人の碑」とある。添えられた文章を読む。「一九四五年春から初夏にかけて沖縄は戦火につつまれた。砲煙弾雨の下で新聞人たちは二ケ月にわたり新聞の発行を続けた。これは新聞史上例のないことである。その任務を果して戦死した十四人の霊はここに眠っている」――。

 名前が刻まれている。当時の地元紙沖縄新報、そして本土の毎日新聞朝日新聞の宗貞利登(としと)ら、亡くなった新聞記者たちだ。

      ◇

 沖縄新報は那覇市北東の首里城の軍司令部近くの地下壕(ごう)に平版印刷機を運び、タブロイド判の新聞を5月末まで発行した。

 朝日の宗貞ら那覇特派員2人も軍から得た情報を記事にして本土に送信した。軍の通信所経由の送稿で、字数は制限された。壕内は湿度が高く、原稿を書くのは、鉛筆の芯をろうそくの炎で乾かしてから。送った原稿が掲載されたかも分からない。

 1945年5月12日付の朝日新聞西部本社版には、宗貞らの顔写真とともに最前線での第一報が1面トップに掲載されていた。「水もなく乾麺麭(かんぱん)噛(かじ)り」「鬼神も哭(な)く奮戦」。今なお、見出しが痛々しい。

 そして5月25日発、「穴籠(ごも)り戦術で敵誘引」という記事が宗貞の絶筆となる。司令部が首里を捨てて撤退するため、島田叡(あきら)県知事らと島南端、摩文仁の異動先に向かったが、途中、戦火の中、倒れたのだ。

 朝日新聞社の社報などには6月25日に殉職と記録されてはいるが、実際の最期は不明だ。「遺骨」が翌年11月本土に帰ったものの、中身は同僚の特派員が、終焉(しゅうえん)の地と見られる場所で拾った白い石3個だった。

 同僚の名は上間正諭(せいゆ)という。沖縄に生まれ、39年に朝日に採用。宗貞と沖縄戦を取材していたが、爆風を受けて負傷する。

 宗貞に「本社との連絡も駄目だ。君は傷をよく用心して、無理に同一行動をとる必要はない」と指示されて別に逃げていた。

 だが、6月14日に2人は偶然出会う。宗貞は「敗戦は決定的だ、しかし頑張るんだぞ」と上間を励まし、別れ際、「そうそう君にはまだ金を渡していなかった」と百円札を渡したのが「とわの別れ」となった。

 上間は生きのびたが、父母と娘2人ら肉親6人を失った。加えて、戦意高揚の記事を書いてきた自責の念は強く、「二度とペンは握るまい」といったんは誓った。

 そんな上間が師と仰ぐ地元紙の先輩に「残った人生で、記者として罪を償え」と諭された後、十数人の仲間と創刊したのが「沖縄タイムス」だ。「琉球新報」とともに、沖縄を代表する新聞である。

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 沖縄の新聞が、平和を希求し戦争で郷土を壊滅させた権力に屈しない態度を貫こうとするのは、こうした原点があるからだ。

 昨年6月、自民党の勉強会で「沖縄の新聞はつぶせ」「特殊なメディア構造を作ったのは戦後保守の堕落」と声が上がった。

 沖縄戦時、鉄血勤皇隊員として凄惨(せいさん)な戦地を駆け回った大田昌秀沖縄県知事(91)は「本土の人は地上戦の過酷な実相を知らなすぎます。沖縄の新聞は、その戦争をあおった反省の上に立っている。戦後いくつもの新聞社ができたが、2社は県民の信頼があったから残ったのです」と話す。

 沖縄復帰の翌日、72年5月16日の朝日新聞は「喜びと怒りと無関心と」の見出しでこう書いた。「この日、本土の日本人が、まず最初にいわなければならないはずの、沖縄県民に対する『謝罪』の言葉を、ほとんど聞くことができなかった」

 地上戦を引き受け、戦後も長く憲法の恩恵を受けられず、広大な基地を抱え続ける理不尽を訴え続ける沖縄の新聞。不条理の謝罪をせず、声も聞かない本土の私たち。

 同僚を気遣いながら世を去った宗貞なら何と言うか。「同じ日本人。知恵と力を出し合い、米基地の矛盾を克服しないでどうする」。戦没新聞人の碑から声が聞こえた。

 (編集委員

 ◆ザ・コラムは毎週木曜日に掲載します。
    −−「ザ・コラム 沖縄と本土の不条理 戦没新聞人の碑からの叫び 駒野剛」、『朝日新聞』2016年10月20日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12616105.html


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