覚え書:「インタビュー 米国、孤立主義の誘惑 米外交問題評議会会長、リチャード・ハースさん」、『朝日新聞』2016年10月25日(日)付。

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インタビュー 米国、孤立主義の誘惑 米外交問題評議会会長、リチャード・ハースさん
2016年10月25日 

「米国のアジア重視政策は理にかなっています。しかし、TPP抜きのアジア重視は難しい」=米ニューヨーク、ランハム裕子撮影
 
 11月8日の米大統領選が、間近に迫った。トランプ氏対クリントン氏の「醜聞合戦」の底流にあるのは、米国内で強まりつつある孤立主義である。なぜそうなっているのか。米国は、どこに向かおうとしているのか。米有力シンクタンク外交問題評議会(CFR)のリチャード・ハース会長に聞いた。

 ――トランプ氏のわいせつ発言など、大統領選は醜悪な様相です。

 「懸念しています。米国のイメージにかかわります。個別の政策に異論はあっても、米国が他国から尊敬される国であってほしいと思います。それが、米国の影響力の一つの形だからです。また他国、とりわけ日本のような同盟国は米国を頼りにしていますが、米国が予測不可能になると頼ることがとても難しくなります」

 「環太平洋経済連携協定(TPP)を批准できておらず、インフラや移民制度も近代化できず、財政赤字問題も処理できない。これらの事実も、米国の信頼性への疑問につながっています。米国政治の機能不全の深まりと、北朝鮮や中国の問題など世界中で難しい問題が同時に生じていること。非常に心配な組み合わせです」

 ――トランプ氏は、共和党候補の討論会で、あなたを尊敬していると発言しました。しかし、トランプ氏はあなたの助言を聞いているようには見えません。トランプ政権になったとして、重要ポストを提示されたら、受けますか?

 「民主、共和の全ての候補者に手紙を書きました。外交問題評議会での講演依頼と、ご希望ならブリーフィングもする、と。トランプ氏は講演はしませんでしたが、ブリーフィングの依頼はあり、昨夏に1時間ほど話しました」

 「トランプ氏が勝っても、クリントン氏が勝っても、話がしたいと言われたら話します。もし、政権で働くことに興味があるかと聞かれたら、世界観や、米国の立ち位置、政策の優先順位について、似たような見解を持っている場合のみ、政権に入ると思います」

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 ――あなたは、米国外交をめぐる議論を『伝統的な国際主義』と『新たな孤立主義(他国とかかわりを持たないようにする外交政策)』に特徴づけています。トランプ氏が「孤立主義」を代表し、クリントン氏が「国際主義」なのでしょうか。

 「クリントン氏は、貿易を除いては、伝統的なアメリカの外交政策の枠内にいると思います。TPPへの反対は残念です。当選したら、自由貿易を支持する道を探ってほしいと思います。トランプ氏は戦後の米国の外交政策の主流の外側にいます。彼は、米国が世界と関わることによって利益を得る、という考えに懐疑的です。彼はコストを誇張し、良き同盟や、欧州や太平洋での安定性によって米国が享受する戦略的利益を過小評価しているように見えます」

 「米国が世界への介入をより少なくすれば、世界がより混乱します。その混乱の結果から、米国が逃れることはできません。米国は、不介入によって、逆に、ずっと多くの犠牲を払うことになるでしょう」

 ――3年前、オバマ大統領は「米国は世界の警察官であるべきではない」と語りました。孤立主義的な傾向はすでにあるのでは。

 「シリアで化学兵器が使用された後に、オバマ氏が前言を撤回した(武力行使をしなかった)のは誤りだったと思います。米軍をイラクから撤退させることにも、私は反対でした。イラクに侵攻したブッシュ大統領の全く異なった種類の失敗に対して、オバマ氏は過剰に反応したのです」

 「私は、どの人のことも『孤立主義者』とは呼びません。とても強い言葉であり、国際的な関わり合いにすべて反対する意味を持つからです。現在の議論は、『孤立主義の誘惑』と言うべきものでしょう。ある人は、トランプ氏のアジアや欧州の同盟国についての発言にそれを見いだし、別の人は、中東への米国の介入を劇的に減らすオバマ大統領にそれを感じるでしょう。民主、共和両党の傾向であり、その流れを押し戻そうとする政治家は多くはないのです」

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 ――なぜ、「孤立主義の誘惑」が強まっているのでしょうか。

 「イラクアフガニスタン戦争では、200万人以上のアメリカ人が動員されました。多数の人命が犠牲になり膨大な費用がかかったにもかかわらず、その成果が見えません。米国が失ったものと、得たものの間には、巨大な不均衡があります。また、(世界金融危機の起きた)2008年以降、経済的な難局が続いています。正規雇用者の割合は、08年以前の水準に戻っていません」

 「しかし、米国は、戦後、自らが成し遂げたことから、多くの利益も得てきたのです。日本や韓国との関係もそうですし、冷戦下や冷戦後も欧州への支援や協力関係は、米国にとってもプラスでした。世界との関与を減らすことで、米国が何を失うのか、それを説明できていないのは問題です。子供たちは学校でもあまり教えられておらず、世界の出来事と米国とのつながりを理解できない新しい世代が増えています」

 ――大統領選終了後、新政権誕生までにTPPが議会で承認される可能性はありますか?

 「楽観的ではありません。トランプ氏が当選すれば、おそらく可能性はゼロでしょう。クリントン氏なら少しは可能性があるかもしれませんが。クリントン氏の場合、より現実的なシナリオは、2、3年、議会と大統領との間で対話がなされることです。共通理解が生まれれば、TPPについての投票も可能かもしれません」

 「(格差の拡大など)経済的な問題は、技術革新や生産性などに起因することが多いですが、多くの人は貿易のせいにしてしまっています。選挙は、この問題を解決しません。議会も政府も分断された状態が続き、保護貿易孤立主義の圧力は続くでしょう」

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 ――中低所得者層の怒りが、孤立主義への支持につながっていると思います。国際主義に関する国内の支持を築くために、米国は経済的不平等の問題に取り組む必要があるのでは。

 「米国人は、経済的な懸念があると、国際的な関与がそれを加速させていると批判する傾向があります。しかし、それは逆に階層間の闘争の増大を導くでしょう」

 「社会には、常に不平等が存在してきました。階層が固定されず流動化していれば良いのですが、ここ10年か20年、多くの米国人は上の階層に行くのが難しいと感じています。それゆえ、大きな憤りを感じ、保護主義孤立主義的傾向が強まっているのです。必要なのは、階層を上れることを、現実化することです。そのためには、米国人が受けられる教育や職業訓練の質の向上が重要です」

 ――トランプ氏は日本が在日米軍の駐留経費をもっと払うべきだと主張しています。日本の安全保障政策をどうみていますか。

 「日本の安全保障政策で最も重要なのは、日米が緊密な関係を維持することです。日米同盟が基盤です。そして、日本が安全保障上の能力を発展させ、もう少し地域的、国際的な役割を拡大できるよう、国内で政治的な合意ができれば望ましいと思います」

 「日本が米軍の駐留経費の負担を少し増やせるのなら、それは歓迎ですが、より重要だと思うのは、日本の国際的な役割の増大だと思います」

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 Richard N.Haass 51年米国生まれ。オックスフォード大で博士号。国務省政策企画局長などを経て、03年から現職。

 ■取材を終えて

 米言論界の中枢にいるリチャード・ハース氏は、深い憂慮に包まれていた。

 トランプ氏に「安全保障政策で信頼する」と名指しされながら、トランプ氏との考えの違いは明白である。米国が世界のリーダーとして、世界に関与し続けること。それが世界と米国の双方の利益にもなるとハース氏は信じる。

 ハース氏は、過去の関与がすべて良かったと言っているわけではない。イラク戦争には反対だった。だが、戦後、米国が中東への関与を大幅に減らしたことで、より事態は悪化したとみる。

 共和党のトランプ氏だけでなく、民主党内にも保護主義の色は濃い。しかし、保護主義が経済の停滞を招き、失業者を増やし、より社会を不安定化させることは歴史が示している。

 オバマ大統領は残り任期、演説の巧みさを生かし、国際主義の大切さを訴えてほしい。ハース氏は今、そう願っている。

 (アメリカ総局長・山脇岳志)

 ◆キーワード

 <米外交問題評議会(Council on Foreign Relations)> 米国で最も影響力の大きいシンクタンクの一つ。1921年に設立。本部はニューヨーク。政府高官、学者、経済人、ジャーナリストなど5千人近いメンバーで構成される。有力外交誌「フォーリン・アフェアーズ」も発行している。
    −−「インタビュー 米国、孤立主義の誘惑 米外交問題評議会会長、リチャード・ハースさん」、『朝日新聞』2016年10月25日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12624438.html





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