覚え書:「文豪の朗読 三島由紀夫「旅の絵本」 山下澄人が聴く [文]山下澄人(作家・劇団主宰)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。
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文豪の朗読
三島由紀夫「旅の絵本」 山下澄人が聴く
[文]山下澄人(作家・劇団主宰) [掲載]2017年02月19日
三島由紀夫(1925〜70)=66年、芥川賞選考委員に
■早熟で生意気な少年のよう
朗読の音源を再生しようと「▲」のマークをさわると突然奇妙な叫び声が聞こえて間違えたのかとあわてて消した。
聞き直して叫び声は剣道の気合だとわかった。剣道はどうしてああした声を出すのだろう。新撰組の局長だった近藤勇は斬り合いするときあまりに大きな声で気合を入れるから相手はその声に驚いてその隙に斬られた、味方はその声に励まされた、という話を何かで昔読んだ。たとえばそういうことなのか。
三島由紀夫の声がぼくには大人の声に聞こえない。
育ちの良い、とても成績の良い、まわりが馬鹿に思えて仕方のない、大人には何かと気に障る生意気な、しかし小さな頃はとてもおとなしい、からだの弱い、そんな少年が虚勢を張りながら出す声に聞こえる。
三島由紀夫は「美」や「愛」について語っている。「あなたにとっての美とは」「愛とは」とつまらない質問をされてのことだ。そこで三島由紀夫はあきらかにうんざりしている。散々同じような質問をされたのだとわかる。質問者の多くはほんとうにぐったりするほど同じ質問を繰り返す。たいして知りたくもないのに質問をする。しかしそれでも三島由紀夫は、つまらないことを聞くなとはいわずに、うまくはもう伝わらないとほとんどあきらめながら、真摯(しんし)に、つまらない質問に、つまらないこたえをこたえようとする。
切腹自殺をするどれぐらい前の録音なのか知らない。しかしいずれこの声の持ち主は切腹自殺をすると聞いているぼくは知っている。介錯(かいしゃく)されて声の出どころは切断された。録音されたときには起きてもいないことを何十年か後に生きるぼくがつなげてあれこれ書いても仕方がない。それでも録音されたうんざりをまとわせた生の音がそのことを思い起こさせる。
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1960年代に発表された朝日新聞が所蔵する文豪たちの自作の朗読を、識者が聴き、作品の魅力とともに読み解きます。
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■聴いてみる「朝デジ 文豪の朗読」
朝日新聞デジタルでは、本欄で取り上げた三島由紀夫の剣道の稽古風景やインタビューと朗読から、「旅の絵本」の1編「フラメンコの白い裳裾」の朗読をお聞きいただけます。元になった、60年代に発売された作家の朗読を収めたソノシート付きの雑誌「月刊朝日ソノラマ」に関するエピソードも紹介しています。
http://www.asahi.com/culture/art/bungo-roudoku/
−−「文豪の朗読 三島由紀夫「旅の絵本」 山下澄人が聴く [文]山下澄人(作家・劇団主宰)」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/column/2017022300001.html