覚え書:「悩んで読むか、読んで悩むか 人の心をつかむ投稿、大事に続けて 山本一力さん [文]山本一力」、『朝日新聞』2017年01月08日(日)付。
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悩んで読むか、読んで悩むか
人の心をつかむ投稿、大事に続けて 山本一力さん
[文]山本一力 [掲載]2017年01月08日
48年生まれ。作家。『あかね空』で直木賞。近著に『晩秋の陰画』『カズサビーチ』。
■相談 特技なく一生を終えるのは寂しい
私には特技というものがありません。書道、茶道、華道など色々やってみましたが、どれも極めることができませんでした。料理、音楽、スポーツも苦手。唯一の趣味は投稿することですが、特技ではないと思います。普段の生活に不便なことはありませんが、このまま一生を終えるには、寂しい気がします。一年の始まりに、よきアドバイスをお願いします。
(山形県、パート女性・52歳)
■今週は山本一力さんが回答します
謹賀新年。踏み出したばかりの新年に、まことふさわしいご相談だ。
謙遜口調の裏に、自慢が透けて見えるひとが少なくない昨今。この相談者は本気で「自分に特技はない」と思っておいでのようだ。
投稿が趣味だが特技ではないとも書いておいでだ。が、それは貴姉の大きな思い違いだ。
本欄に寄せられる数多くの相談のなかから、編集スタッフの目に留まった一本が、あなたの相談だった。
パート女性なら、仕事も家事もこなしておいでに違いない。そして普段の生活に不便はないという。
雑な仕事ぶりではパート職を失うだろうし、家事を放棄しては暮らしが呼吸困難になりかねない。
わたしは中3の1学期から高卒までの4年間、朝夕刊を配達しながら通学した。冬場の氷雨は、軍手を突き破って指に噛(か)みついてきた。
元旦を祝う分厚い朝刊は、配達員には年の始まりから難行となった。
しかし間もなく69となる我が身が大病と無縁で来られたのは、あの4年間の、身体への貯金のたまものだ。
毎日の生活に不満なしこそ、当節では得がたくて最上の宝物だ。それを生み出しているあなたは、素直な文章でひとのこころを掴(つか)んだ。いまの生き方と、趣味の投稿の両方を今年も大事に続けていただきたい。
お勧めする一冊は、ジェフリー・アーチャー著『15のわけあり小説』だ。20代で初めて読んだ氏の著作『百万ドルをとり返せ!』以来、翻訳された作品はほぼ読んできた。波瀾(はらん)万丈の人生とは、76でいまだ書き続けている氏を評する最適の語句だ。
本作15話は、おおむね短編だ。1話を読み終えるたびに「やられた!」と唸(うな)る。氏が経験してきた人生が、間違いなく小説の肥やしとなっている。マハラジャの息子が放つ、常人には為(な)せないきらびやかな輝き。英国人ならではの、苦いユーモア。続けて読みたいのを我慢して、新年の一日ずつの喜びを読書で満たす。
相談者のあなたも本書を堪能し、そして毎日筆を持って投稿を続けられますように。
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次回の回答者は精神科医の斎藤環さんです。
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■悩み募集
住所、氏名、年齢、職業、電話番号、希望の回答者を明記し、郵送は〒104・8011 朝日新聞読書面「悩んで読むか、読んで悩むか」係、Eメールはdokusho−soudan@asahi.comへ。採用者には図書カード2000円分を進呈します。
−−「悩んで読むか、読んで悩むか 人の心をつかむ投稿、大事に続けて 山本一力さん [文]山本一力」、『朝日新聞』2017年01月08日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/column/2017010800015.html