覚え書:「日本文学全集(9)平家物語 古川日出男 訳」、『東京新聞』2017年02月12日(日)付。

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日本文学全集(9)平家物語 古川日出男 訳 

2017年2月12日
 
◆時空を超えて輝く「語り」
[評者]田中貴子=甲南大教授
 他の書評やネット上の感想で頻繁に見かけるのは、本書が「読みやすい」、あるいは「よくわかる」という評価である。その背後に、学校で学ばされた「古文」のつまらなさが快く裏切られたことへの称賛があるのは確かだ。
 琵琶法師の平家語りを中心とする、時代や位相を異にした人々の重層的な語りの文体は、一人の著者によって書かれる近代的な小説にはなしえない、時空を超えて語りの場に臨むような読書体験を提供している。注釈も系図もなしで千人近い登場人物の長い物語を読者がたどれるのは、ひとえに「語り」を主軸に置いた古川氏の功績による。
 その工夫の詳細について、ここで逐一解説する余裕はない。まずは自分の目で「語り」の生み出すものが何なのかを確かめてほしい。私が何より主張しておきたいのは、従来「語り」の方法に自覚的な古川氏が訳者として実に適材適所であったということだ。
 氏は「前語り」で、敬語を含めて一文も刈り込まず、煩雑に見える故事の挿話も訳し落とさなかったと述べる。本来、古典の敬語は主語や対象が不明瞭な場合でも、誰が誰に何を言っているかが判別できるツールである。学校教育で中途半端に古典に触れる多くの読者にとってただ煩わしいだけの敬語は、古川氏の手にかかると意味という輝きを放ち始めるのである。
 現代語訳とは、古語辞書を引き原文を移しかえればいいというものではない。それでは、その訳者がやらなければならない必然性がない。訳は常に解釈であり、訳者がどう読んだかが示されるべきだからだ。「誰が今、この時代に語るのだ?」という氏の問いは重要だ。
 古川氏は平家物語を自分の中に取り込み、解体し、その遺伝子を組み換えて、再度ペンの先から世界へ刻みつけた。平家物語と正しく向き合った営為がここに結実したといえる。古川日出男は脈々と続く平家物語の系譜に新たな語り手としてその名を連ねたのだ。
河出書房新社・3780円)
 <ふるかわ・ひでお> 1966年生まれ。作家。著書『あるいは修羅の十億年』など。
◆もう1冊 
 兵藤裕己著『琵琶法師』(岩波新書)。盲目の語り手、琵琶法師の来歴と近世以降の姿を追う。添付の8センチDVDで実演も見られる。
    −−「日本文学全集(9)平家物語 古川日出男 訳」、『東京新聞』2017年02月12日(日)付。

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