覚え書:「書評:ナショナリズムの昭和 保阪正康 著」、『東京新聞』2017年02月12日(日)付。

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ナショナリズムの昭和 保阪正康 著  

2017年2月12日

◆思想的亡霊の正体を透視
[評者]富岡幸一郎=文芸評論家
 グローバリズムの袋小路のなかで、EUからの英国の離脱、トランプ米大統領の登場、自由貿易や移民受け入れに反対する欧州の右派勢力の台頭など、世界は新たなナショナリズムの潮流を生み出している。
 こうした状況下での、本書の刊行はまことに時宜を得ている。国家主義とも民族主義とも訳されるナショナリズムの語の定義は明確ではない。ネーション、つまり国民や国家の概念の確立する十九世紀初頭以降の「近代」世界に現れた、政治・宗教・文化を包含する巨大な思想的亡霊とでも言うべきものである。近代(明治以降)の日本もまたこの西洋産の亡霊とともに歩んできた。それはこの国の長い歴史の内に入り込み、天皇制とからみ合い、独特の変質を遂げ、戦前と戦後の時代に底流しながら、今日に至っている。
 題名を「昭和のナショナリズム」ではなく「ナショナリズムの昭和」としたのは、そこに昭和史を越え、平成の現代にまで広がる、上部構造と下部構造、国家と民衆の二重構造にわけてみることで明示されるナショナリズムの正体を浮かびあがらせる目的のためだと著者は言う。実際、この腑分(ふわ)けによって、戦争を前後した時期の国家像や天皇、そして政治と国民の微妙な、ほとんど感情の微細さのようなナショナリズムの力学が透視される。
 具体的には昭和天皇の占領下における全国巡礼の隠された意味や、天皇吉田茂の戦後日本に対する決定的な眼差(まなざ)しの相違など、史実の表面をなぞっていては到底近づけぬ事柄の解明がなされている。それは厖大(ぼうだい)な『昭和天皇実録』を「眼光紙背に徹(てっ)し」て読んだ結果でもあるが、同時に昭和史をさまざまな角度から描いてきた著者の歴史への深い洞察力によるものだ。
 昭和史の登場人物や識者たちの言説を詳細に援用している大部の書だが、ナショナリズムという近代史最大の謎を解き明かす著者の熱情が、テーマの一貫性を揺るぎないものとしている。
幻戯書房・4536円)
 <ほさか・まさやす> 1939年生まれ。ノンフィクション作家。著書『天皇』など。
◆もう1冊 
 橋川文三著『ナショナリズム』(ちくま学芸文庫)。戦争に帰結した日本のナショナリズムの形成過程を明治期まで遡(さかのぼ)って考察。
    −−「書評:ナショナリズムの昭和 保阪正康 著」、『東京新聞』2017年02月12日(日)付。

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保阪 正康
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