覚え書:「社説余滴 イヤな感じの三つの理由 坪井ゆづる」、『朝日新聞』2016年10月28日(金)付。

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社説余滴 イヤな感じの三つの理由 坪井ゆづる
2016年10月28日

政治社説担当・坪井ゆづる
 この1カ月の国会を見て、あの時のイヤな感じがますます募る。

 衆院本会議場で先月、自民党議員が次々に立って拍手した、あの光景だ。

 安倍首相が領土、領海、領空を守る決意を語り、海上保安庁、警察、自衛隊への「心からの敬意を表そうではありませんか」と呼びかけた。

 演説にあった通り、現場は「極度の緊張感に耐え」ているに違いない。

 でも、なぜ、あそこで起立なのか。拍手なのか。

 野党からの批判に、首相は「どうして問題になるのかよく理解できない」と答えた。米国の議会でスタンディングオベーションを受けた人らしい感想だ。同じ思いの読者も多いかもしれない。

 だが、そうだろうか。三つの点で引っかかる。

 第一は原則論だ。

 首相は行政府の長であり、自衛隊の最高指揮官だ。国会は立法府で、議員は国民の代表だ。両者は三権分立の緊張関係のもとで並び立つ。

 首相が部下である自衛官たちへの敬意を、野党を含むすべての国会議員に促すのは緊張感に欠けていないか。気持ちのどこかで、立法府を一段下に見ていないか。

 それも無理からぬ現実がある。いま首相は「一強」だ。国政選挙で4連勝し、国会でも「数の力」で野党を圧倒する。だから自民党総裁の任期も最長9年まで延びる。

 首相は「私は立法府の長」と言ったことがある。その後、「言い間違えていたかもしれない」と述べ、議事録は修正されている。だが、実は国会を牛耳っている実感のこもった本音ではなかったか。

 第二は光景の見え方だ。

 起立して手をたたく議員の視線の先に、拍手しながら議場を見下ろす首相が立っていた。多くの議員が首相を礼賛するかのようだった。

 討論の場の議場を、首相がみずからの権力を誇示する舞台に変えたように見えた。

 第三は将来の話だ。

 政権に戻って4年近くになる。特定秘密保護法の制定、武器輸出三原則の緩和、解釈改憲での集団的自衛権の行使容認、そして安全保障法制。首相はきっちり布石を打ち、いまや自衛隊は世界中で他国軍を支援できる。

 この先いずれ、首相は憲法違反の疑いのある自衛隊の海外活動にも「敬意」を求めないだろうか。安保法制は違憲だとの批判を、議場の起立と拍手でかき消そうとするかのように。

 (つぼいゆづる 政治社説担当)

    −−「社説余滴 イヤな感じの三つの理由 坪井ゆづる」、『朝日新聞』2016年10月28日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12629782.html





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