覚え書:「論点 シリーズ憲法70年 何から考えるか」、『毎日新聞』2016年11月2日(水)付。

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論点
シリーズ憲法70年 何から考えるか

毎日新聞2016年11月2日 東京朝刊


 日本国憲法は1946年11月3日に公布されてから、70年の節目を迎える。衆参両院で改憲勢力が3分の2を占め、憲法改正が初めて政治的日程として浮上してきた。憲法の下で統治構造を変えるため、政治改革関連法成立を推進した佐々木毅・元東大学長と、裁判員制度の導入など司法制度改革に取り組んだ佐藤幸治・京大名誉教授に、憲法を論ずるに当たっての基本的視点を聞いた。【聞き手・南恵太】

政治の優先順位つけよ 佐々木毅・元東大学長

=丸山博撮影

 日本国憲法明治憲法下とは違って、自由平等な社会を結果として作り出した。新しい社会を作り、かつ安定的に維持してきたという意味で、憲法の役割は大変大きかった。

 立憲主義を考える場合、民主制と権力の膨張は両立するということを前提に考える必要がある。権力の膨張に対して制限を加える原則がなければ駄目なので、司法権の独立、権力分立という伝統ともつながりながら、歴史の中で変遷しつつ確立してきたのが立憲主義だ。

 憲法は権力を制限する一番重要なルールであることは間違いない。一昨年からの安全保障関連法を巡る議論を振り返ると、内閣法制局の解釈変更に焦点を当てて、「立憲主義を変えるのは問題だ」という日本独特の議論が、立憲主義を巡って展開された。憲法は少なからず解釈を伴う可能性があり、解釈が間違っていれば司法権がチェックする仕組みだ。司法権立法権の問題として議論すべきだった。憲法裁判所を導入している国もあるが、どういう司法制度にしたら立憲主義からの問題提起に応えられるかは大きなテーマだ。

 自民党憲法改正草案の中に、「政党の政治活動の自由は保障する」などの政党規定が入っている。政党が非常に重要な役割を果たしているけれども、制度的なコントロールがほとんどされていないように見える。政党をどう憲法に位置付けるか、位置付けた場合にどういうルールを政党に適用するかが、浮かび上がってきたテーマに見える。政党の運営、例えば選挙の候補者選びなどいろんな問題につながっていく話だと思うが、具体的なイメージがわからない。

 憲法との関係で、非常に大きなテーマとして、首相の衆院解散権の問題がある。自民党憲法改正草案を見ても、首相の権限としての解散権が強調されているけれども、長期的に見て、いい制度なのかどうかよく考えるべきではないか。先進国で、首相が自由裁量的に解散権を行使している国はない。もともと議会の内閣不信任案可決とのセットで解散権が考えられてきたことから言うと、議会の内閣不信任案の可決とは関係なしに、裁量的に解散権が一方的に行使されていいのだろうか。

 この問題はいろいろな観点から考えることができるが、「常に選挙がある」と緊張感を持たせるにはいいのかもしれないけれど、結果的に政策を考え、実行する時間が細切れになっているのは、長い目で見ると政治のコストを高めているのではないか。選挙を数多くやれば選挙費用がかかるだけの問題ではなく、いろいろな問題を短期的な視座で考えざるを得なくなるし、大きな政策の実現が困難になる。政策に取りかかって、成果が出るまでは時間がかかるにもかかわらず、頻繁に解散をしていたら、何を判断基準に投票したらいいかわからない状態に有権者を追い込むことにもなる。

 憲法9条改正は政治的に非常に重いテーマだから、その改正に取り組むリスクを取る意欲が政権にあるのかという問題が生じる。憲法9条を変える場合にはいろんな意見があって、それを調整するのは複雑な作業になる。現在の政治にその調整に精力を注いでいる暇と余裕があるのか。その前に、人口が減って自治体がもたなくなるなどの話が出てきており、それらの問題解決に政治は取り組まざるを得ないのではないか。政治に無限の資源はないので、優先順位をつけるべきだ。

 日本はこれから憲法を頻繁に変えていく国になっていくのか、それとも何十年に一遍ぐらい憲法改正をする国になるのか、というあたりは最も根本的な政治的判断だ。憲法は絶対に変えてはいけないということではない。どうしても必要がある時に条文を見直すことは必要だ。しかし、それで物事が片付くわけではない。実際、社会保障制度や財政赤字の難問は、憲法を変えたからといって何ら解決できない。憲法改正に注力することが常に国民の納得を得られるとは限らない。従って、憲法改正の個々の論点に立ち入る前に、政治と憲法問題との間合いをどうするか、国会議員の熟慮が求められる。

われらと子孫のために 佐藤幸治・京大名誉教授

=小松雄介撮影
 日本国憲法は平和と人権に関する理念を浸透させるために、戦後大きな役割を果たしてきたと思う。昨年の安全保障関連法の審議を振り返って思うのは、集団的自衛権の行使は認められないという歴代内閣の方針を変えるにはもっと丁寧な手順を尽くすべきではなかったかということである。

 課題が山積している中でなぜ今憲法改正なのか、よくわからないところがあるが、日本国憲法が将来にわたって、日本という国の「土台」であることを肝に銘じ、その上で憲法のどの部分をどのように変える必要があるかを丁寧に検討することだ。憲法とはある世代、一政権のためにあるのではなく、「われらとわれらの子孫のために」(憲法前文)あるものだ。それが憲法第96条にいう「改正」の意味だと理解している。このように解する根本的理由は、人類の長い歴史に照らし、国・社会の繁栄の持続に最も適したのは「立憲主義」と言われるもので、中でも日本国憲法は現代における「立憲主義」のあり方をよく具現している憲法だからだ。

 現代立憲主義憲法が直接の基礎としているのは、議会制と個人の権利・自由の保護に関わる法の支配の結合した、17世紀の清教徒革命を経てイギリスで成立した近代立憲主義だ。18世紀末のアメリカ独立革命フランス革命でさらなる展開を見せ、そして20世紀の二つの世界大戦という悲劇を経て、現代立憲主義憲法が成立した。現代立憲主義憲法は、人間(個人)の尊厳を核とする普遍的な人権観念の基礎の上に民主的政治制度を構築するとともに、憲法の規範力を確保するために憲法裁判制度を導入し、さらに平和への志向を明確にするなどの特徴を持っている。ドイツの憲法(1949年制定)もこの特徴をよく具現し、同国の憲法保持への意志は堅固なものがある。なお、イギリスやアメリカの長期にわたる発展の持続性は、両国が時には危うさを見せつつもそれぞれの立憲主義体制を保持してきたことにあることを付け加えておきたい。個人の自由を尊び、人間の多様性・社会の多元性の保持に努めたことが、繁栄の持続を可能にしてきた。

 日本国憲法について成立の過程を問題視する見解もあるが、日本国憲法はすでに明治憲法が導入した立憲主義の「復活強化」を図った憲法であることを強調したい。明治維新直後に天賦人権説が主張されたが、明治憲法はそれを退け、「臣民の権利」にとどまったとはいえ、曲がりなりにも議会制を中心に立憲主義の要素を取り入れた。憲法制定の中心にあった伊藤博文はこの立憲主義の成長発展を期待し、実際“大正デモクラシー”(憲政の常道)の開花を見た。

 しかし、不幸にも“昭和ファシズム”に陥り悲惨な経験をし、ポツダム宣言の受諾に至ったが、宣言には「日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化」とあり、そこには憲政の常道を築く力を持った日本へのアメリカ側の配慮があった。

 私は、敗戦後の政府・国民が当時の国際情勢についての十分な情報に接し、過去の歴史を真剣に省察する余裕を持つことができたならば、自ら日本国憲法に近い憲法を作り得たと思う。そのことは、公布後70年にわたって多くの国民が憲法を支持してきたことで裏付けられているのではないか。

 改正に具体的に取り組むとすれば、国会での審議・発議に至る段階から国民投票に及ぶ全過程において、主権者である国民の十分な熟議が可能となるよう最大限の努力が必要だ。憲法が「われらとわれらの子孫のために」あることを再度強調しておきたい。党派的次元を超えた国民の高い次元の意見の表明であることが望まれる。改正の発議は与党のみならず、少なくとも野党第1党と共同となることが望ましい。

 今日本は、不安定な世界のパワーポリティクスに深く関わろうとしているかに見える。このような時こそ立憲主義を尊び、節度を持った社会のあり方を一層大事にする覚悟を新たにすべきだ。

衆院審査会 10日に審議再開
 衆院憲法審査会は10日、審議を再開する。自民党憲法改正推進本部の保岡興治本部長は野党時代の2012年に発表した同党憲法改正草案を、衆参両院の憲法審査会には提案しない方針を示した。民進党が同草案の撤回を要求していたことに配慮し、今後の両院憲法審査会での議論を軌道に乗せるためだ。自民党は両院の憲法審査会で議論を重ねながら、与野党が一致できる憲法改正項目を探る構えだ。

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 ■人物略歴

ささき・たけし
 1942年秋田県生まれ。東大法卒。東大学長、学習院大教授を歴任し、現在は東大名誉教授。専門は政治学衆院小選挙区比例代表並立制導入を柱とした政治改革関連法の成立を推進した。

 ■人物略歴

さとう・こうじ
 1937年新潟市生まれ。京大法卒。京大教授、近大教授を歴任し、現在は京大名誉教授。専門は憲法学。99〜2001年に司法制度改革審議会長を務め、裁判員制度の導入などを提言した。
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