覚え書:「憲法を考える 押しつけって何?:1 64年 調査会、評価踏み込まず」、『朝日新聞』2016年11月04日(金)付。

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憲法を考える 押しつけって何?:1 64年 調査会、評価踏み込まず
2016年11月4日

(1面から続く)

 日本国憲法公布を報じた1946年11月4日付、朝日新聞朝刊1面(東京本社版)。「歴史の日・新憲法公布」「十萬人の大唱和」の見出しが躍り、写真は、皇居前の祝賀大会に集まった群衆と昭和天皇の姿を伝える。

 「押しつけ憲法論」が政党や民間団体の間で広がりを見せ始めたのはそれからわずか6年後、独立回復した52年ごろからだ。55年に保守合同で誕生した自民党は政綱で「現行憲法の自主的改正」を掲げ、改憲を目指す岸信介政権は57年、内閣の下に憲法調査会(高柳賢三会長)を発足させた。

 最大の焦点は、「押しつけ」の評価だった。

 45年10月に立ち上げた憲法問題調査委員会(松本烝治委員長)で明治憲法の改正作業を進めたものの微修正にとどまったため、日本側は連合国軍総司令部(GHQ)から手渡された草案をもとに憲法改正案の起草を余儀なくされた――。

 ■単純でない事情

 調査会の下につくられ、経緯の評価を託された「憲法制定の経過に関する小委員会」は64年7月、781ページに及ぶ膨大な報告書を提出し、「事情は決して単純ではない」として、「この報告書の全編を通じて、事実を事実として判読されることを期待する以外にない」と結論づけた。

 報告書は、押しつけだといえる事情として(1)原文が英文で日本政府に交付された(2)手足を縛られたポツダム宣言受諾に引き続く占領下で憲法が制定された、を挙げた。一方、民間の「憲法研究会」の案がGHQに参照された事情なども踏まえ、日本国民の意思も部分的に織り込んで制定された憲法だということも否定できないとした。

 「押しつけだからだめ」でも、「押しつけではない」でもない。単純な押しつけ論には立たない――。膨大なエネルギーを使い、押しつけ議論に区切りをつけた報告書。以降、押しつけ論とともに政界での改憲の機運は薄れていく。

 しかし近年、押しつけ論が再び浮上している。自民党憲法改正草案しかり、自民党が作った改憲PR漫画しかり。「敗戦した日本にGHQが与えた憲法のままでは/いつまで経っても日本は敗戦国なんじゃ」。漫画の登場人物のセリフだ。

 ■何を取り戻すか

 「連合国の国際世論に従ってポツダム宣言を受諾し、戦争を終わらせた以上、新憲法を作る以外に選択肢はなかった」。日本政治外交史が専門の三谷太一郎・東大名誉教授は話す。

 宣言の起草にあたったのは、日本の政治や経済を熟知していた知日派外交官ら。念頭にあったのは大正デモクラシー期の日本のリーダーたちの姿だ。「軍国主義を徹底的に取り除くことで、抑圧されていた日本の民主主義の伝統を取り戻そうという狙いだった」

 ポツダム宣言と新憲法が取り戻そうとした日本の民主主義の伝統を、国民は歓迎して受け入れた。三谷氏は問いかける。

 「押しつけを理由に憲法を作り変えようとする人たちは、日本の非軍事化と民主主義の伝統以外の何を取り戻そうというのだろう」

 「押しつけ論」を聞くたび、法制局長官として憲法制定に関わった故・入江俊郎氏の次女、堀口香代子さん(79)は疑問に思う。「父をはじめ、戦後日本の土台を作ろうと頑張った人々の苦労や努力が忘れられてはいませんか」

 新憲法制定をめぐり、国会で激しい審議があった46年夏。入江氏は当時の思いを句に残している。

 真夏陽の巷に照れる百日(ももか)あまり命をかけて吾はをりたり

 (編集委員・豊秀一)

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 公布から70年経ったいまも、「押しつけ憲法論」が主張される日本社会のありようを考えます。次回から総合4面に掲載します。

 ■日本国憲法の制定をめぐる主な動き

<1945年>

 7月26日 ポツダム宣言の発表

 8月14日 ポツダム宣言を受諾

   15日 終戦詔書を放送

   30日 マッカーサー司令官が厚木基地に到着

  9月2日 日本、降伏文書に調印

 10月4日 マッカーサー近衛文麿国務大臣憲法改正を示唆

   11日 マッカーサー幣原喜重郎首相に「憲法自由主義化」を示唆

   27日 政府の憲法問題調査委員会の初会合

11月22日 近衛文麿内大臣府御用掛が「帝国憲法改正要綱」を天皇に提出

12月26日 憲法研究会が「憲法草案要綱」を発表

<46年>

  1月1日 昭和天皇が「人間宣言」を行う

  2月1日 毎日新聞憲法問題調査委員会の「試案」をスクープ

    3日 マッカーサーが3原則を提示、民政局にGHQ草案の作成を指示

    8日 政府がGHQに「憲法改正要綱」を提出

   13日 GHQが日本側にGHQ草案を手渡す

  3月6日 政府、改正要綱を発表

 4月10日 戦後初の衆院選(女性も投票)

   17日 政府、ひらがな口語体の「憲法改正草案」を発表

 6月20日 第90回帝国議会に改正案を提出

 11月3日 日本国憲法、公布

 12月1日 「憲法普及会」発足

<47年>

  5月3日 日本国憲法、施行
    −−「憲法を考える 押しつけって何?:1 64年 調査会、評価踏み込まず」、『朝日新聞』2016年11月04日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12641661.html





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