覚え書:「書評:墨龍賦(ぼくりゅうふ) 葉室麟 著」、『東京新聞』2017年03月05日(日)付。

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墨龍賦(ぼくりゅうふ) 葉室麟 著

2017年3月5日


◆乱世に正義の声聞く
[評者]島内景二=電気通信大教授
 この小説の表紙には、龍が口を開けている。読み始めると、本の中から龍の鳴き声が聞こえてくる。優しげで、それでいて悲しげだ。その声は「正義は」「友よ」「平和を」などと聞こえる。
 乱世を生きる漢(おとこ)たちは、己の志を天下に述べる時機の到来を夢見る。それを、女たちが支える。漢たちの魂が共鳴すれば、歴史を変えられる。
 信長・秀吉・家康という天下人たちの夢。毛利・長宗我部・尼子などの武将たちの野望。運命に翻弄(ほんろう)される宗教者や女たちの嘆き。それらが沸騰し、善と悪、美と醜が入り乱れた安土桃山時代という「るつぼ」の中から、絵師の海北友松(かいほうゆうしょう)は、明智光秀と、彼を支えた斎藤内蔵助(くらのすけ)という、双龍の魂の叫びを聞き届けた。
 その声をとらえ、友情という絵筆で描き込めたのが、友松六十七歳の「雲龍図」(建仁寺蔵)である。この絵の背景には、本能寺の変の真相も隠されている。
 『墨龍賦』は、葉室麟が文学にかける志を天下に述べる記念碑的作品である。若き天才・狩野永徳が、信長と共に天高く飛翔(ひしょう)して求めた美とは異なり、「正義の美」を捕捉できた友松は、六十一歳で直木賞に輝いた葉室の分身である。
 毛利の外交僧・安国寺恵瓊(えけい)も魅力的だ。読者は、自分に呼び覚まされた「武士の魂」を糧として、今日から新たに生き直す覚悟を、葉室から受け継ぐ。
  (PHP研究所 ・ 1728円)
<はむろ・りん> 1951年生まれ。作家。著書『秋月記』『霖雨(りんう)』『春風伝』など。
◆もう1冊 
 葉室麟著『乾山晩愁(けんざんばんしゅう)』(角川文庫)。尾形光琳(こうりん)の弟・乾山を主人公にした表題作など、絵師たちを描いた作品集。
    −−「書評:墨龍賦(ぼくりゅうふ) 葉室麟 著」、『東京新聞』2017年03月05日(日)付。

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