覚え書:「書評:雲のうえの千枚ダム 西谷大 著」、『東京新聞』2017年3月12日(日)付。


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雲のうえの千枚ダム 西谷大 著

2017年3月12日
 
◆9民族が自然と共に
[評者]桜木奈央子=フォトグラファー
 表題の「千枚ダム」とは、棚田を指す言葉だ。棚田という言葉からは美しい日本の原風景が連想されるが、著者はその小さなダムが折り重なるような様子を「千枚ダム」と表現した。
 本書の舞台は中国・雲南省。「千枚ダム」を生活の場にする人びとを含む、九つの民族が雑居するベトナム国境沿いの「者米(ジェーミー)谷」という村に文化人類学者が住み込み、調査した。「身の丈に合った知恵と技術」を使って自然と共に生きる人たちの姿を伝える写真紀行である。
 フィールドワーカーならではの信頼関係の築き方と観察の手法が鮮やかだ。村の葬儀や、男女の出会いの場である「歌垣」も興味深いが、何より印象的なのは村々の人が集まる定期市の調査である。
 著者は「お金の話」を聞き出すためにモヤシを売るおばさんの横で世間話をし、時折野菜売りを手伝いながら、横目で売り買いを観察して一日の収入を割り出す。そのうちおばさんは「あんたもひまやな」と家の収入について教えてくれる。このようにして、特定の民族や集団によって市が独占されずにそれぞれの生産物や技術が交換され、多様な背景を持つ民族が共生する姿を明らかにする。
 近年はこの地の棚田も消えつつあるという。「記録しなければ埋もれていく記憶」を、野を歩き人と出会って書き残す意味を改めて考えさせられる一冊だ。
社会評論社・2592円)
<にしたに・まさる> 国立歴史民俗博物館教授。著書『食べ物と自然の秘密』など。
◆もう1冊 
 中島峰広著『日本の棚田』(古今書院)。美しい景観などから関心を集めている棚田の保全への取り組みを紹介する。
    −−「書評:雲のうえの千枚ダム 西谷大 著」、『東京新聞』2017年3月12日(日)付。

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