覚え書:「そこが聞きたい 求められる医師像 日本医学会会長・高久史麿氏」、『毎日新聞』2016年12月14日(水)付。

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そこが聞きたい

求められる医師像 日本医学会会長・高久史麿氏

毎日新聞2016年12月14日 東京朝刊


高齢化社会に総合診療
 医学の世界も国際化が進展し、また国内では急速に高齢化が進む。医療や医学のありようも変わらざるを得ない。今、必要とされる医学教育や求められる医師像について、長く自治医科大の学長を務め、現在、日本医学会会長として医学や医療の水準向上を担っている高久史麿氏に聞いた。【聞き手・吉川学、写真・竹内紀臣】

−−現在の医学教育のあり方についてどうお考えですか。

 知識偏重になりがちです。臨床実習は行われていますが、期間が短い。海外では、患者からの聞き取りや身体所見の取り方をもっときっちり教えています。

 このような状況の中で、心配されているのが医学教育における2023年問題です。これは、米国医師国家試験受験資格審査団体(ECFMG)が、「23年以降は、国際基準で認定を受けた医学校の出身者にしか申請資格を認めない」と世界各国に通告したことに端を発しています。これまでは日本の医師免許があれば、米国の医師国家試験を受けられたのですが、23年以降は「世界医学教育連盟(WFME)」の認可を受けた大学の卒業生でないと不可能になります。つまり、日本の医師が米国に渡っても、医師として活動できなくなるのです。

 そこで、医学教育を認定する第三者機関「日本医学教育評価機構(JACME)」=1=が、WFMEの国際基準を踏まえて、各大学の医学教育プログラムを公正、適正に評価する仕組みをつくりました。今年9月に第1号として、東京医科大学の評価が始まっています。これにはWFMEも参加し、JACMEの評価が十分かどうかをチェックしています。これが認められれば、JACMEの認定によりWFMEの認可を受けたことになります。

−−日本の医学教育が国際標準化されるのですね。どのような点が重視されますか。

 知識を詰め込むだけでなく、臨床実習の拡充が求められています。学生も医療チームの一員として、医師の指導のもと実際の診療に加わり、実践的な臨床能力を身につけるための実習をします。医師国家試験も問題数を少なくし、臨床実習の成果を重視する方向に変わっていくでしょう。医師になってからの臨床研修では最初から患者さんを担当します。学生の時にきちんと教育されていれば、患者さんにとっての安心安全につながります。

−−とはいえ、医学部には偏差値の高い学生が集まりますね。

 医学教育で一番難しいのは、誰を入れるかということです。ここ数年、医学部への進学希望者が非常に多くなり、国立、私立問わず偏差値が急上昇しています。しかし、偏差値の高い人がいい医師になれるというわけではありません。また、理学や工学など日本の産業を支える人材が、医学部に流れることも好ましいことではないでしょう。

 医師は一生涯、勉強を続けていかねばならないので、勤勉であることが必要です。チーム医療を進めるうえで、コミュニケーション能力、リーダーシップ、協調性、人間的な優しさも不可欠です。偏差値だけではないのですよ。

−−千葉大学医学部生による集団強姦(ごうかん)事件など医学生が関わる不祥事が目立ちます。

 面接や論文など入試ではいろいろな工夫がされていますが、時間的な制約もあり受験生の人間性や医師としての適性を見分けることは非常に困難です。医学部に入学する学生はエリート扱いされ、本人も自信過剰になりがちです。その結果、社会性を失った医学生が増えているのかもしれません。一方、入学後に学生が学ぶべき医学の範囲はどんどん広がっており、それに対応するために一般教養の時間が短縮される傾向にあります。

 フランスでは入学後に不適切な学生を落とす方式を採用しています。日本でも各大学が、医師として不適格な学生を途中で排除する(退学させる)システムを作ることが望ましいです。しかし、裁判になる恐れもあり、簡単には導入できないでしょう。

−−地域や診療科における偏在の問題も解決していません。

 多忙だったり訴訟が多かったりする外科系や産科は人気がないですね。米国でも収入の多い心臓血管外科系が人気があり、家庭医は不人気です。ドイツでは医師は全員医師会に所属し、州の医師会が診療科や地域を割り振っています。

 日本では地域の偏在について、いろいろ対策がとられていますがこちらも決め手はありません。医療安全の取り組みが県単位で進んでいるように、これにならって都道府県の医師会、行政、大学医学部、病院団体が協議会をつくり、一人一人の医師について勤務地と診療科を決めるような仕組みを検討する時期にきているのではないかと思います。

−−日本は超高齢社会となり、さらに高齢化が進みます。どのような医師が求められますか。

 まず必要なのは総合診療医=2=です。高齢者はさまざまな病気を抱えています。在宅医療も増えるので、地域の基幹病院と地元の診療所の連携が必要になります。ここを仲介するのが総合診療医です。医師の3分の1は総合診療医であっていいと思います。

 医師である以上、さまざまな分野の疾患を診ることができる総合的な診療能力が必要です。これが医師の原点です。総合診療医として経験を積んでから、自分のスペシャリティー(専門分野)を磨けばよい。例えば、自治医大では卒業後9年間、出身の都道府県で地域医療に従事します。その後、自分の専門分野を磨いて有名になった医師がたくさんいます。

 9年間働くので腰をすえて取り組み、地元の方々と信頼関係を築こうと努力します。このためには何よりも患者と話をすることが大切。信頼感を高める努力を続けることが、医師としてのスキルを高めると思うのです。

聞いて一言
 自分が病気になったら、どんな医師にかかりたいか。高久氏は「自分の気持ちをわかってくれる人。やさしく思いやりのある人。病人は弱者だからね」と答えた。患者と信頼感を築くために最も大切なことは話をすることだとも訴えた。いずれも医師にだけ求められる特性ではなく、多くの職業に共通する心構えではないだろうか。医師をめぐる制度改革は断続的に続いているが、まだ道半ばだ。当たり前のことが思うようにできないほど現場の医師は忙し過ぎるのかもしれない。

 ■ことば

1 日本医学教育評価機構
 世界医学教育連盟の国際基準に基づいて、医学教育プログラムを公正かつ適正に評価することが目的。全国医学部長病院長会議の委員会などの検討を踏まえ、2015年に設立された。日本の医学教育の質を国際的見地から保証することで、医学教育の充実・向上を図ることが狙い。高久氏が理事長を務める。

2 総合診療医
 特定の臓器や病気に限らず、幅広い視野で患者を診察する総合的な診療能力を持つ医師。日常的に頻度が高い病気やけがについて、適切な初期対応と継続医療を行うことが求められ、地域医療の中心的役割を果たす。

 ■人物略歴

たかく・ふみまろ
 1931年生まれ。東京大医学部卒。自治医科大内科教授、東京大医学部第3内科教授、国立国際医療センター総長などを経て、96年自治医大学長。2004年から日本医学会会長。
    −−「そこが聞きたい 求められる医師像 日本医学会会長・高久史麿氏」、『毎日新聞』2016年12月14日(水)付。

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