覚え書:「悩んで読むか、読んで悩むか> 虚実のはざまに立ちのぼる香気 石田純一さん」、『朝日新聞』2017年04月02日(日)付。

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悩んで読むか、読んで悩むか> 虚実のはざまに立ちのぼる香気 石田純一さん

虚実のはざまに立ちのぼる香気 石田純一さん
2017年04月02日

いしだ・じゅんいち 54年生まれ。俳優。ABC「おはよう朝日です」コメンテーターも務める。

■相談 なぜか悪役にひかれます
 人づきあいが苦手で、基本的に人間嫌いです。でも最近は、趣味の映画鑑賞で悪役に、それも気が弱かったり、卑怯(ひきょう)だったりする人物にひかれます。正義を振りかざすヒーローより人間的ないとおしさを感じます。そんな魅力的な悪役が出ているおすすめの小説はありますか。今の石田さんにも悪役を演じてほしいと思いますが、いかがでしょう?
 (東京都板橋区、男性・51歳)

■今週は石田純一さんが回答します
 自分の利益や地位のために他人を踏みつけ脅かす、そんな現実の悪党には魅力を感じたくありません。でも、虚構の世界の悪役にひかれる気持ちはわかります。相談者さんもきっと、現実社会で接する人々と、価値観や感性がぶつかることが多いのかもしれませんね。そんなときは、スパイ小説の世界に遊んでみては。
 例えばジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』。主人公は不景気な風貌(ふうぼう)の初老のスパイだけど、洞察力や胆力は十分。揃(そろ)いもそろってあやしい匂いをぷんぷんさせた登場人物から二重スパイをあぶり出します。彼らの捨てきれない人間味や虚無感、そして一瞬で裏返る虚と実……。ル・カレ自身、英国情報機関に在籍した元スパイで、父親は希代の詐欺師。世の中のいかがわしさや、人の心の裏側を知り尽くした彼ならではのウィットと先見性が、ほかの著作でも光ります。
 やはり英国情報部の協力者だったフレデリック・フォーサイスの『ジャッカルの日』(篠原慎訳、角川文庫・907円)もぜひ。フランスで現実に繰り返されたドゴール大統領暗殺計画が土台で、一匹狼(おおかみ)の殺し屋と、暗殺を阻止しようとする官憲が火花を散らします。暗殺は失敗する。結末は史実から明白。なのにジャッカルに感情移入して手に汗握ってしまう臨場感は、ロイター通信特派員として本物のドゴール暗殺未遂事件やナイジェリア内戦の取材を重ねた、ディープな情報源を持つ著者ゆえ。
 さえないヒーローや敗北者を描きながらも立ちのぼる香気。それは色気に通じるものかもしれません。色気とは、欠落から生まれる魅力だと僕は思います。女性の色気も10代には感じない。30代、40代以上になって、さまざまな要素が欠けてきてから備わるものではないでしょうか。
 そんな魅力的な悪役、機会があったらやってみたいですね。溝口健二監督の映画「雨月物語」でも、小沢栄太郎さん演じる血も涙も無い悪役が輝いている。僕もどうせやるなら徹底した悪役を、「本当はいい人」なんてエクスキューズなしで、ぜひ。
    ◇
 次回は作家の山本一力さんが答えます。
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 ■悩み募集
住所、氏名、年齢、職業、電話番号、希望の回答者を明記し、郵送は〒104・8011 朝日新聞読書面「悩んで読むか、読んで悩むか」係、Eメールはdokusho―soudan@asahi.comへ。採用者には図書カード2000円分を進呈します。
    −−「悩んで読むか、読んで悩むか> 虚実のはざまに立ちのぼる香気 石田純一さん」、『朝日新聞』2017年04月02日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/column/2017040200016.html


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