覚え書:「考論 長谷部×杉田 混迷の世界、行く先は」、『朝日新聞』2017年01月06日(金)付。

Resize5746

        • -

考論 長谷部×杉田 混迷の世界、行く先は
2017年1月6日

  
 英国の欧州連合(EU)離脱や、トランプ氏の米大統領就任は、世界にどんな影響を与えるのか。先行きが不透明な中で幕を開けた2017年。長谷部恭男・早稲田大教授(憲法)と杉田敦・法政大教授(政治理論)による今年最初の対談は、混迷する世界の中での政治システムや社会のあり方を探る。

 ■政治不信でなく、過剰な信頼では 長谷部/グローバル競争、見せかけの対策 杉田

 杉田敦・法政大教授 昨年は波乱の年でした。イギリスの国民投票でEU離脱が決まり、米大統領選ではトランプ氏が当選。背景には「反エリート」や「政治不信」があると、一般に総括されています。

 長谷部恭男・早稲田大教授 それはどうでしょう。むしろ逆で、みんな政治システムを信じているのではないですか、過剰なほどに。ケンブリッジ大学のデイビッド・ランシマンという政治学者は、イギリスやアメリカの驚くべき選択の背景には、「政治は、最後は我々を守ってくれる」という根拠のない、深い信頼があると指摘しています。

 杉田 誰を大統領にしようが、めちゃくちゃなことにはならない、とたかをくくっていると。

 長谷部 自分たちの利益が今以上に損なわれるとは思っていないのでしょう。

 杉田 アメリカの「ラストベルト(さび付いた地帯)」の人たちは、自分たちが祖父母や親の代のような豊かな生活ができないのはおかしいと主張し、その切実な声に寄り添わないリベラルやエリートが悪いという議論も最近多いです。

 長谷部 しかしそれは、アメリカの産業・経済構造が変化した結果です。

 杉田 たしかに、寄り添おうにも「ない袖は振れない」面もありますね。グローバル競争で、地域や個人が海外と直接に競争力を比べられてしまう状況になり、その中で、地域の切り捨ても起きている。由々しき事態ですが、根本的な対策がない点では、リベラルだけでなく、トランプ氏もEU離脱派も実は同じです。しかし彼らは、国境に壁を作るとか、移民排斥とか、見せかけの対策をショーアップし、つかの間の人気を得ている。本来なら産業・経済構造の変化という「不都合な真実」を伝え、それに対応して生き方を変えるよう人々に求めるしかありません。しかし、それは人々に我慢を強いる「縮小の政治」という面があり、どうすればそんな不人気な政治を、人々の支持を得ながら民主的に進めることができるか。難題です。

 長谷部 「縮小の政治」を可能にするには、人々が共働する組織を政治が底支えする必要があるでしょう。都会でも地方でも、人間は少なければ10人以下、多くても数百人の組織の中でそれぞれ役割を担い、仕事をすることに生きがいを感じます。経済的には豊かでなくとも、「私たち」と、その一員たる「私」の実感を持てれば、人は安心と満足を得られる。グローバル化で、組織のありようが変化を迫られている中で、軟着陸させる政治の知恵が求められます。

 ■弱まる連帯、大衆迎合が増長 杉田/「真の国民」支持者だけかも 長谷部

 杉田 そのようなコミュニティーの再生は簡単ではありません。かつて大阪・釜ケ崎や東京・山谷は日雇い労働者の町として、それなりのコミュニティーだった。似た境遇の人たちが空間的に接していることによって、政治的な連帯も可能でしたが、今はバラバラで連帯のしようもない。携帯電話やインターネットなど、テクノロジーの進化が社会にもたらした、極めて重要な変化です。

 長谷部 しかし、小さな組織を自分たちで作りあげ、維持しようという気風、つまりエートスが日本社会からなくなったわけではない。このエートスが失われたら本当におしまいなので、今のうちに、組織を支える施策を講じないといけません。

 杉田 エートスは大事ですが、その基盤がどこにあるかです。かつての村落共同体が産業化で破壊された後、企業がアイデンティティーのよりどころとなっていた面がありますが、日本式雇用も壊され、どこにも居場所を見つけられない。国民的なアイデンティティーだけがせり出しています。日本はすごいと吹聴するテレビ番組を見て悦に入ったり、ネット上に差別的な書き込みをして留飲を下げたりしている。少数派を差別することで多数派の側につくという競争が行われている。それしか自らを支えるものがないからです。そういう状況に付け込む形で、我こそは真の国民の代表であると幻想をばらまくポピュリズム大衆迎合)も出てくるのでは。

 長谷部 真の国民の代表であるとの主張は、ポピュリストの特徴です。裏を返せば、他の政治家は真の国民を代表しておらず、自分たちの政治的主張だけが正しいということになる。トランプさんは当選を決めた後、すべてのアメリカ人のための大統領になると言いましたが、私を支持する人間だけが真のアメリカ人だと言っている可能性が十分にある。甘く見てはいけないと思います。

 杉田 ポピュリズムは本来、「貧しい労働者を代表する」という左派ポピュリズムとして表れてもおかしくないのに、現状はほとんどが右派ポピュリズムです。国籍や人種の方が直観的にわかりやすいからでしょうか。ナチス反ユダヤ主義は、一時的な「逸脱」と見なされてきましたが、経済が悪くなると同じようなことが起きる。レイシズム(人種差別)という、人間の「地金」が出てきているようにも見えます。

 長谷部 ポピュリズムポピュリズムで、右も左もないのでは。何を物差しに「真の国民」を決めるのかという違いでしかなく、階級で決めるならマルクス主義的なポピュリズムだし、民族ならファシズム的なポピュリズムになる。腐敗した不純分子を排除すれば、偉大な国民なり国家なりが再生するという主張は共通しているはずです。

 ■政治システム、試される1年 長谷部/憲法、不満の矛先になりがち 杉田

 杉田 民主的な選挙や国民投票の結果をポピュリズムだと批判するのは二重基準だという論調もありますが、民主主義ならなんでもいいのか。だとすると、選挙で成立したヒトラー政権も批判できません。20世紀前半の危機については、じわじわと変化が生じ、どこで一線を越えたのかは、今も判然としない。沖縄での「土人」発言など、以前なら決して許されなかったことが許されたかのようになっている。すでにわれわれは帰還不能な地点に差し掛かっているのか否か、わからない。同時代を生きる人にはわからないということだけがわかっています。

 長谷部 今年はいろいろなことが試される年になるでしょう。まずは、権力を分立し、おかしな党派にすべての権力が掌握されないように設計されている憲法システムや政治システムが、トランプ次期大統領の暴走を抑えることが本当にできるかが試されます。

 杉田 日本ではまだ、イギリスやアメリカほどの鬱屈(うっくつ)したエネルギーの噴出には至っていませんが、日本で不満のはけ口になりがちなのが憲法ですね。憲法への攻撃は、エリートへの攻撃という形にもなり得て、留飲が下がるようです。

 長谷部 安倍(晋三首相)さんは、何でもいいからとにかく憲法を変えたいと思っているでしょう。狙うとすれば、ごく限定的な緊急事態条項でしょう。

 杉田 限定的な緊急事態条項では、安倍さんの支持層の反発を招くかもしれず、ハードルが高いわりにメリットは小さい。やるならやはり9条改正では。

 長谷部 安倍さんは「実」より「名」をとる人。変えたという実績をのこせれば、中身は何でもいいという考えだと思います。

 杉田 いずれにしても、憲法を変えても何の問題の解決にもならないことだけは確かで、政治的エネルギーを浪費している場合ではない。明らかに解とはなり得ないものを、自らの支持獲得のためだけに掲げるのは、極めて不健康な政治だと言わざるを得ません。

 長谷部 帰還不能地点がどこにあるかは、今を生きている人にはわからない。ならばせめて私たちは、われわれの政治システムはそれほど頑丈にできていない、甘えてもたれかかっていたら壊れてしまうという自覚を持って、政治に向き合わなくてはなりません。

 (構成・高橋純子)
    −−「考論 長谷部×杉田 混迷の世界、行く先は」、『朝日新聞』2017年01月06日(金)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S12734809.html


Resize5726


Resize4942