覚え書:「インタビュー 退位のルール 元最高裁判事、東北大学名誉教授・藤田宙靖さん」、『朝日新聞』2017年01月18日(水)付。

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インタビュー 退位のルール 元最高裁判事東北大学名誉教授・藤田宙靖さん
2017年1月18日

最高裁長官代行として皇室会議の議員も務めた。「最高裁と宮中の接点は、思いの外に多かった」=竹花徹朗撮影
写真・図版
 天皇陛下の退位をめぐり政府が設けた有識者会議は、23日の会合で「論点整理」を公表する見通しだ。いまの陛下に限って退位を可能にする特別法の制定が軸になるとみられるが、元最高裁判事藤田宙靖さんは疑問を投げかける。陛下と接する機会もたびたびあった藤田さんに、憲法天皇の関係や退位のあり方について聞いた。

皇室とっておき
 ――これまでの議論をどのように評価しますか。

 「最初におことわりしておきますが、私は天皇制の専門家ではありません。ただ、公法学者や裁判官としての50年の経験に照らして、いま伝えられている政府および有識者会議の方向性には、大きな違和感を覚えています。法律家にとっての常識からすればこう考えるべきではないか、というところをお話ししたいと思います」

 ――大きな論点は立法の方式です。皇室典範を改正して退位に道を開くのか、それとも今の陛下限りの特別法によって行うか。

 「憲法は『皇位は(略)国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する』と定めています。退位を認めるには典範改正が必要だという主張がありますが、私は特別法でも可能であろうと考えます。憲法がいう『皇室典範』とは一種のカテゴリーであって、特別法やそれ以外の付属法令を含めたものをさすとの理解は不可能ではありません。また、そもそも今の陛下の退位という個別事例に限った立法が許されるのかとの議論もありますが、この点についても、平等原則など憲法がほかに定める規範に抵触しない限り、対象が個別的であるからといって、そのことだけから違憲だとは言えないでしょう」

 「ただ、私が強調したいのは、退位を特別法によって実現しようとするのであれば、その法律は必ず、今後の天皇にも適用されうる法的ルールを定めたものでなければならないということです」

 ――なぜでしょうか。

 「憲法がわざわざ『皇室典範』と法律名を特定して書いている背景には、安定的な皇位継承のためには明確な法的ルールが必要であり、政治状況や社会状況に応じて、時の政権や多数派の主導による安易な代替わりがあってはならないという意味が込められていると考えるからです。皇位継承のあり方は政治にとって最もセンシティブな問題の一つです。かりに特別法が、『今上天皇は何年何月何日に退位する』といった内容の規定にとどまる場合、憲法の趣旨に反するものとして、違憲の疑いが生じると思います」

 「退位に至る陛下固有の事情を説明した後に『よって退位する』という構成の特別法にするとの報道がありました。しかし、そのような『歴史の叙述』は『ルールの設定』ではあり得ません」

 ――どんな「ルールの設定」が考えられるでしょうか。

 「欠かせないのは、(1)天皇の退位の意思(2)高齢・健康など象徴としての務めを果たすことが困難な客観的事情(3)その事情の存在を認めるための皇室会議などの手続きです。このほか、(4)皇嗣(跡継ぎ)の年齢など皇位継承の準備が十分に整っていることも考慮されるべきでしょう。典範改正に先立ち、これらを特別法で定めることが難しいとは思えません。定年のように『退位させる』ための要件ではなく、『退位を可能にする』ための要件設定なのですから」

 ――有識者会議では「要件を書くと強制退位や恣意(しい)的退位の根拠として硬直化し、象徴天皇制と政治のあり方を動揺させる」などの指摘があったようです。

 「その意味が全く理解できません。常識から考えれば、むしろ、その逆ではないかと思います。公表されているのは議事の概要にとどまり、詳細はわかりませんが、ともかくルールは定めないという結論が先にあっての、ためにする議論ではないでしょうか」

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 ――最高裁判事のころ、長官代行として宮中の行事に出席し、天皇陛下や皇族方と話す機会もたびたびあったそうですね。

 「直接お目にかかるようになって、天皇の公務とはこういうものなのかと初めて知りました。『高裁長官のお話と午餐(ごさん)』の会に同席した際は、天皇陛下が前もって準備され、鋭い質問をされることに驚きました。すべての会合に同じように対応しておられると聞き、公務に誠心誠意臨んでおられることがよくわかりました」

 「最高裁判事を退任する際、ごあいさつする機会がありました。退官後何をするかについてご質問がありましたので、『どこにも勤めず、やりたいことをやろうと思います』とお話ししたところ、陛下が『あなたのような人がそれではいけないのではないですか』とおっしゃったのには恐縮しました。ご自身の一存では辞められない、天皇という地位の厳しさを垣間見たような気がいたします」

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 ――「天皇は存在するだけで価値がある」などとして、退位に反対する意見があります。

 「日本国憲法下における『象徴』の意味についての理解の違いなのでしょうが、私の眼(め)からすれば、退位を認めないとは、職責を果たせなくなっても、また本人の意に反しても、象徴として世にあり続けるのを強いることです。人道的な問題が生じるのではないでしょうか。天皇は神ではなく、ひとりの人間なのですから」

 ――昔から天皇に人権はあるのかという議論がありますね。

 「公務員がその地位に伴って活動に一定の制約を受けるように、天皇という地位にある方の基本的人権も制約されざるを得ません。しかし、最低限度の人権、つまり人間の尊厳、個人の尊厳まで奪われていいはずはありません。陛下の近くにうかがう経験を得て、天皇の地位を生身の人間が務めることの大変さを、いささかなりとも感じられた気がします」

 ――昨夏のお言葉でも、「個人として考えてきたことを話す」という箇所が印象に残りました。

 「法的地位と、その地位にある個人とは分けて考えるべきです。お言葉は、憲法に定められた天皇という地位にある明仁という方が、象徴とはどのようなものかをご自身として考え、お気づきになった問題点について説明し、国民に理解を求めたものだった。そう受けとめています。天皇としての説明責任を果たされたと言うこともできるのではないでしょうか。お言葉に対し、憲法が禁じる天皇の国政への関与につながりかねないとの批判もありますが、そのようにとらえるのは法理論的には全くの筋違いというべきです」

 「そして、『陛下の問題提起をきっかけに国民自身が考え、今後のために退位の法的ルールを定めた』ということであれば、お言葉と退位との間にワンクッション置かれたことになり、国政関与の問題も起きません。しかし『陛下が辞めたいとおっしゃるから、一代限りで退位を認める』という、いま政府や有識者会議がとろうとしているルール不在の議論では、クッションが外され、お言葉と政治が直接結びついてしまいます。その意味でも禍根を残すのではないでしょうか」

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 ――陛下が大切だという「象徴としての務め」に関しては、たとえば被災地訪問にしても、あそこまでやる必要はない、世襲である天皇制に能力主義を持ち込むことになるとの疑問もあります。

 「憲法によって、天皇は国民統合の象徴と位置づけられました。しかし、象徴の地位にある者が具体的に何をすべきかの明確な定めはなく、陛下は自らそれを探り、判断し、実行しなければならなかったのです。ある法的地位にあることに伴う必然的な行動でした。それを、憲法は何も要請していないのに勝手に仕事を広げていったなどと批判はできません」

 「そうして積み重ねられた陛下のおこないを、国民の多くは天皇の公的行為の一部として支持してきました。市井の人びとと直接、積極的に触れあい、戦災や震災で亡くなった人の慰霊・追悼をし、現地で被災者の手をとって寄り添う。その姿は、国民主権の下で民主制を採用する憲法にマッチするものでした。国家はさまざまな『罪』を抱えこんだうえに成り立っていますが、陛下は『象徴』として、それを自ら原罪として背負い、いわば贖罪(しょくざい)の旅を続けてこられたように、私には見えます」

 ――「全身全霊で公務に当たってこそ」という陛下の天皇観は、次代の天皇への過剰な期待と重圧を招かないでしょうか。

 「最高裁判例も、時代に応じ、世に応じて変遷するものです。裁判官はその時どきの具体的状況や事案を踏まえて判断します。先例は参考にするものの、金科玉条とすることはありません。それと同じです。むろん、いまできあがっている象徴天皇像がありますから、すぐに大きく変わることはないでしょう。しかし、たとえば国民のために祈ることが最も重要な務めであるという同じ前提に立ったとしても、その方法は天皇お一人お一人によって多様な形やスタイルがあり得ますし、おのずからそうなっていくだろうと思います」(聞き手 北野隆一、渡辺雅昭)

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 ふじたときやす 1940年生まれ。専門は行政法。東北大教授を経て2002〜10年、最高裁判事を務める。著書に「行政法総論」「最高裁回想録」など。
    −−「インタビュー 退位のルール 元最高裁判事東北大学名誉教授・藤田宙靖さん」、『朝日新聞』2017年01月18日(水)付。

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