覚え書:「軍事研究、「学問の自由」が焦点 学術会議検討委が中間まとめ、4月に結論」、『朝日新聞』2017年01月29日(日)付。

Resize5905

        • -

軍事研究、「学問の自由」が焦点 学術会議検討委が中間まとめ、4月に結論
2017年1月29日


中間とりまとめを公表した日本学術会議の「安全保障と学術に関する検討委員会」=1月16日、東京都港区の日本学術会議
 大学などの学術界は、軍事研究とどう向き合うべきか――。日本学術会議の「安全保障と学術に関する検討委員会」が昨年6月から計16時間以上議論し、今月16日に中間とりまとめを公表した。今後、2月4日の公開討論会を経て4月の総会で結論を出すが、これまでどんな議論が行われてきたのか。

 議論の焦点の一つは、憲法23条が保障する「学問の自由」についてだ。研究成果の公開(公開性)と、研究者の創意に基づく自由な研究(自律性)の二つを巡り、意見が交わされた。

 学術は、研究者が論文や学会で成果を公開し、自らの意思で独創的な研究を行うことで「公開性」と「自律性」を車の両輪として発展してきた。だが、議論の背景には学問の自由を巡る懸念がある。

 具体的には、防衛装備庁が大学などを対象に2015年度に始めた「安全保障技術研究推進制度」での成果の「公開性」だ。防衛装備庁は「原則公開」とするが、山極寿一委員(京都大学長)は「防衛に関わる研究が常に公開できるとは正直思えない」と指摘。現在の制度では、防衛装備庁が研究の管理をする点を踏まえ、「公開するかどうかは基本的に研究者が判断すべきだ」と主張した。

 佐藤岩夫委員(東京大教授)は成果が法の特定秘密に指定される懸念を示し、「もともと特定秘密保護法の本質は罰則による情報の秘匿にあり、学術との緊張関係は大きい」と述べた。

 「自律性」への指摘も多かった。政府は自由な研究に使える運営費交付金を減らし続けている。検討委で意見を述べた名古屋大の池内了名誉教授は「多くの研究者は研究が困難になっている。たとえ防衛省の資金でも、研究を維持したいと望む研究者が生み出されてくる」と指摘した。

 これに対して、小松利光委員(九州大名誉教授)は、国の安全保障への貢献は社会の負託だとし、「国の自衛のための研究は国民としての義務。そこに積極的に貢献したい研究者を否定するのは、学問の自由の束縛だ」と反論した。

 杉田敦委員長(法政大教授)は、中間取りまとめを発表した際、「学問の自由」と「社会貢献」との対比で議論を整理し、「学問の自由は、仮に独善的と言われても守らなければすぐに崩れてしまう。学術会議にとって学問の自由、科学者の自由を守ることは一番重要な課題だ」と述べた。

 ■民生との線引きは困難

 もう一つは、軍事技術につながる研究と、私たちの生活で利用する民生技術の研究は区別できるか、という点だ。

 軍事技術と民生技術の両面を持つ研究の代表例にインターネットがある。ほかにも、京都大の福島雅典名誉教授が委員会に提出した要望書によると、リハビリのために開発されたパワーアシストスーツを健康な人が紛争地で装着したり、胎児心電図の技術を使って潜水艦やミサイルのシグナルをとらえたりできるような研究もある。

 検討委では「軍事研究と民生技術研究は線引きできない」という意見が目立った。検討委で意見を述べた情報セキュリティ大学院大学の林紘一郎教授は、大規模なサイバー攻撃は「武力の行使」になりうるとして、「セキュリティー技術の善用と悪用の区別は困難だ」と指摘。長崎大核兵器廃絶研究センター長の鈴木達治郎氏も委員会の場で「すべての科学技術は軍事転用できる」として、研究成果が軍事転用・悪用されない仕組みが必要だと訴えた。

 自衛のための研究と攻撃の技術を切り分けることの検討もされた。大西隆会長(豊橋技術科学大学長)は昨年10月の総会で、学長として承認した毒ガスのフィルターの研究は「攻撃的な兵器を作ろうということではない」と説明。これに対し、「防衛的なことが攻撃的の裏返しだということもある」という意見も出た。中間とりまとめでは「こうした政治的事項について学術会議として意思決定することは適切ではない」などとして争点化を避けた。

 ■問われる、科学者の良心

 日本学術会議は、軍事研究に対し、これまで2回の声明を出している。米ソ冷戦や朝鮮戦争直前の状況を反映した1950年の声明では「科学者としての節操を守るため、戦争を目的とする科学の研究には、今後絶対に従わない」と決議。ベトナム戦争を背景にした67年にも、「戦争目的の科学研究を行わない」とした。

 今回、検討委員会が置かれたのは軍民両用で利用可能な技術が数多く生まれ、「時代の変化を受けてあらためて検討が必要だ」(大西会長)との問題意識からだ。ただ、現状は過去2回と変わっていない、との主張もある。井野瀬久美恵委員(甲南大教授)らによると、過去2回も「反省」一色ではなかったという。

 50年声明の際には、医学や工学系の科学者から「戦争になったら科学者が国家に協力するのは当然」とする意見が寄せられたという。科学や技術がいわば両刃の剣であることも指摘されていた。井野瀬教授は、過去2回の声明は、そうした対立を乗り越えたものだととらえている。「今回の議論の本質は、科学者として守るべき良心と矜恃(きょうじ)を明確に示すことだ」と話す。(嘉幡久敬、杉原里美、竹石涼子)

 ■中間とりまとめの骨子

・学問の自由は政府によって制約されたり政府に動員されたりしがちであるという歴史的経験をふまえ、学術研究の自主性・自律性を担保する必要がある。

・安全保障と学術との関係を検討する際の焦点は、軍事研究の拡大・浸透が、学術の健全な発展に及ぼす影響である。

・安全保障技術研究推進制度は、将来の装備開発につなげる明確な目的があり、防衛装備庁の職員が研究の進捗(しんちょく)管理を行うなど、政府による研究への介入の度合いが大きい。

自衛権についてどう考えるかの問題と、大学等における軍事研究についてどう考えるかの問題とは直結するものではない。

・大学等の各研究機関は、軍事研究と見なされる可能性のある研究は、その適切性を技術的・倫理的に審査する制度を設けることが望まれる。 

 ■戦後の科学技術と軍事をめぐる動き

<1945年8月> 終戦

<1945年9月> GHQが原子力研究を禁止。その後、航空、レーダー、テレビなどの研究も禁止

<1949年1月> 日本学術会議が発足

<1950年4月> 日本学術会議が声明「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」を発表

<1950年6月> 朝鮮戦争が始まる

<1952年3月> GHQが兵器製造許可を日本政府に指令

<1952年4月> サンフランシスコ講和条約が発効

<1954年4月> 日本学術会議核兵器研究の拒否と「公開・民主・自主」の原子力研究3原則を声明

<1967年10月> 日本学術会議が「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を発表

<2014年4月> 武器の「原則禁輸」を撤廃する防衛装備移転三原則が閣議決定

<2015年7月> 安全保障に役立つ技術開発を進めるための、研究費を支給する「安全保障技術研究推進制度」の公募を防衛省が開始

<2016年5月> 日本学術会議が軍事と学術の関係を議論する検討委員会を設置

<2017年1月> 同検討委が中間とりまとめを公表

<2017年4月> 結論を出す予定
    −−「軍事研究、「学問の自由」が焦点 学術会議検討委が中間まとめ、4月に結論」、『朝日新聞』2017年01月29日(日)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S12770678.html





Resize5745

Resize5071