覚え書:「文化の扉 古いフィルム、大切に 行事・風景… 家庭用8ミリも貴重」、『朝日新聞』2017年01月29日(日)付。

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文化の扉 古いフィルム、大切に 行事・風景… 家庭用8ミリも貴重
2017年1月29日
古いフィルム、大切に<グラフィック・山中位行>

 あなたの家や地域にフィルムが眠っていませんか? 残された映像を見返すと、思わぬ驚きや発見があるかもしれません。家族が昔買ったフィルムに、失われた映画の断片が記録されているかも。どうか、捨てないで。

 映像フィルムは適正な温度と湿度下であれば、数百年もの間、安定的に保存できるという。今も生きている記録メディアだ。

 米国の無声映画時代の人気子役ダイアナ・セラ・キャリーが主演した「OUR PET」(1924年)、日本初の映画スターといわれる故・尾上(おのえ)松之助主演の「実録忠臣蔵」(26年)。ここ数年、国内で見つかった古いフィルムだ。

 だが、美術品や国立国会図書館が収集する出版物に比べて、日本では映像の保存や活用を支える人材や資金、法律などが十分に整っていない。欧米諸国は30年代ごろから国をあげて映画保存を始めたが、日本では52年に国立機関によるフィルムの収集が始まり、70年に東京国立近代美術館フィルムセンターが開館した。

 例えば日本の戦前の劇映画では、特に無声映画の作品の大半は現存しない。同センターによると、戦前の作品は小津安二郎監督ですら半分近く、溝口健二監督の場合は8割が失われている。戦中戦後の社会の混乱も、フィルムの散逸や紛失に追い打ちをかけた。

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 だが、大阪芸術大学の太田米男教授は「今もどこかに貴重なフィルムが眠っているはず」と語る。太田教授が代表の「おもちゃ映画ミュージアム」(京都市)には、家庭向けに再編集されて売られた無声映画のフィルムなどが寄贈される。「実録忠臣蔵」もその中から見つかった。インターネット上のオークションサイトでは、珍しい映画フィルムが高値で取引されることもある。

 映画保存やフィルムアーカイブを研究する「NPO法人映画保存協会」(東京都)代表の石原香絵さんは、長期的な視点でのフィルムの活用や保存の重要性を痛感する。「欧米には公共のフィルムアーカイブがあり、専門教育を受けた人材が雇用され、長く活動している。日本にもそんな仕組みが整ってほしい」と話す。

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 一方、商業映画以外のジャンルでも、映像の価値が再認識されている。戦前の行事や風景など、地域の映像を収めたフィルムの「発掘」が度々ニュースをにぎわす。

 映像作家の三好大輔さんは、長野県安曇野市東日本大震災で被災した岩手県大船渡市や福島県浪江町などで地域の8ミリフィルムを集めて、映像作品を製作してきた。映像をみた地域の人たちにインタビューして、作品に盛り込む。若い世代には地域の魅力の再発見、高齢世代には記憶の活性化につながる。三好さんは「地域の記憶が失われてしまう前に、次の世代につなげたい」と語る。

 年に一度、地域の映像を集めて上映するイベントも。2003年に米国で始まったホームムービーの日。毎年10月第3土曜に8ミリフィルムなどを持ち寄り上映する行事で、世界各地で広がる。昨年、日本では約10カ所で開かれた。

 東京国立近代美術館フィルムセンター主幹の岡島尚志さんは「商業的な価値がなくなっても、時が経てば歴史的価値が出てくる」と語る。フィルムには撮ろうとした対象以外に、当時の風景など無数の情報が意図せずとも記録されるからだ。「そこに時代が映り込んでいるのです」(伊藤恵里奈)

 ■その時代の空気、次世代へ 作家・民俗学者、畑中章宏さん

 流行や風俗といった世相を、民俗学的なアプローチで読み解いています。その際、写真やムービーが重要な資料となります。

 写真の場合、撮影者はなるべく余計なものが映り込まないよう、構図を考えて一瞬を切り取ります。そして多くのコマの中から選び抜いた一枚が作品として公表されます。

 ですが、ムービーは時間をそのまま切り取っている。たとえば運動会のホームムービーには、我が子だけではなく、通りすがりの人や会場の音楽までが、撮影者の意図に関わらず入り込んでしまう。

 実はその余計と思われる部分に、核家族化が進む様子や、学校と地域の関係の変化など、時代を取り巻く空気が映っています。公の歴史には記録されない、人間の感情とでもいいますか。

 写真は一覧性があり分類して保存しやすい一方で、ムービーは内容を整理して活用するのが難しい。次世代に向けてどう残すのかが課題です。

 <知る> フィルム保存や上映に関わる機関には東京国立近代美術館フィルムセンター川崎市市民ミュージアム京都文化博物館、おもちゃ映画ミュージアム神戸映画資料館広島市映像文化ライブラリー、福岡市総合図書館、沖縄県公文書館などがある。

 <学ぶ> 『映画探偵』(高槻真樹著・河出書房新社)は、失われた戦前の日本映画を探す人々の奮闘を謎解き仕立てで紹介。『映画という《物体X》』(岡田秀則著・立東舎)は、映画保存のエキスパートである著者が、フィルムの魅力や映画保存をめぐる現状を記した。

 ◆「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「歴史編 戦国大名」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12770757.html


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