覚え書:「沖縄から見えるもの:下 黙殺が生み出す分断」、『朝日新聞』2017年02月15日(水)付。

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沖縄から見えるもの:下 黙殺が生み出す分断
2017年2月15日

上間陽子さん=堀英治撮影

 沖縄出身の教育学者で、琉球大教授の上間(うえま)陽子さんが今月、風俗業界で働く女性たちの生き方を、インタビュー調査を通じて描いた『裸足で逃げる』(太田出版)を出した。描いているのは、家族やパートナーからの暴力に日常的にさらされ、その暴力が自明視されている生活を送る女性たち。沖縄での暴力から浮かび上がるのは、「他者の痛みに対する日本社会の感受性の欠如だ」と語る。

特集:沖縄はいま
 ■暴力受ける女性、透ける本土との関係

 上間さんが2012年にスタートさせた、沖縄のキャバクラやソープランドなどで働く女性たち15人への継続的な調査をもとに、女性の生活史をつづった。昨年4月に沖縄で起きた元米兵が女性を殺害した事件が、本にまとめるきっかけになった。現場は自分がよく知っている地域。「『またか』と。女性への暴力が、なぜ繰り返されるのかを書かないといけないと思った」と話す。

 本に出てくる、現在21〜30歳の女性のほとんどは10代で結婚・出産し、そして離婚してシングルマザーとして働く。夜の世界には、早ければ中学生の時には関わり始めている。

 脳性まひの子どもを抱えながら看護師になっていく女性。性暴力の被害に遭い、さらにパートナーの家庭内暴力に苦しむ女性。傷ついていく女性たちの境遇は厳しく、家族や恋人からの暴行で失神して病院に運ばれるというのもめずらしくない。「そうした生活しか選びようがない。体を掛け金のようにして夜の世界で生きている」

 女性の多くに共通するのは「社会に対する信頼感の低さ」だという。

 「手を差し伸べてもらえないことを悟っているから、助けも求めない。同じ境遇の他者に対しても、『自己責任だ』という冷たい視線を向けるし、他人に対して不寛容。(上が下に強いるのではなく)下からの自己責任とでもいうべきことが、社会の一番厳しい層で起きていることを、私たちは黙殺し続けている」

 こうした厳しい現実は、決して日常とかけ離れたところにあるわけではない。沖縄の外の人たちが思い描く、美しい自然と穏やかな人たちに象徴される「のんきな沖縄」の内部に入り込んでいるという。

 その一例に、調査で出会った1人の女性のエピソードを挙げる。闘牛を育てる恋人の男性に連れられ、牛舎に通うのが日課。そこには地域の男たちが集まり、毎晩のように酒盛りをしながら牛の話などで盛り上がる。

 「一見ノスタルジックで、沖縄の『原風景』とでもいわれそうな光景。でもその女性はいつも居場所がなくて、酒盛りの間、外の車の中で寝ていました。『来い』と言われて来ているのに、です。そこは誰も見ない。苦しんでいる人のアングルに変えられない」

 こうした黙殺という「暴力」が分断を生み出す構造は、そのまま本土と沖縄の関係にも重なる。米軍による女性への事件が相次いでなお、沖縄から基地をなくす動きは本土で本格化せず、被害者側の「落ち度」を非難する声があとを絶たない。

 今、米国のトランプ新大統領と安倍晋三首相の首脳会談が終わり、「日米同盟堅持の確認」が安堵(あんど)感とともに報じられている。いつのまにか、オスプレイの「墜落」は忘れられ、その海に米軍普天間飛行場の移設のためのコンクリートブロックが投入されていることは沖縄の外では意識されていないではないか。

 「沖縄の海の美しさはほめても、その海にコンクリートを落とされるのが『痛い』という声には共感しない」

 でも、上間さんは、沖縄で起きている暴力ではあるが、「沖縄の問題」として切り離して考えてほしくない、と語る。日本社会が直面している問題だからだ。「他人の痛みに対する感受性の問題。通勤電車で隣に座った女性がこの本の女性たちでありうると、今の日本人が感じられるか。私は残念ながら悲観的です。でも絶望したくないからこれを書きました」

 ■癒やしているうちは可愛がられる

 青い海、白い砂浜、ゆったりと流れる時間——。01年のNHKの朝の連続テレビ小説ちゅらさん」で描かれた「癒やしの島」のイメージは1990年代の沖縄ブーム以来定着し、毎年多くの観光客を集める。一方、沖縄は日本の安全保障のコストを一手に引き受ける「基地の島」でもある。

 基地がらみで痛ましい事件が起これば、メディアも世論も一定の同情を示す。しかし、ひとたび沖縄が「基地受け入れは嫌だ」と反発を強めようものなら、困り顔をし、時に激しい攻撃を表出する。

 「ぼけ、土人が」。昨年、米軍のヘリパッド建設工事が進む沖縄県東村高江で抗議活動をする市民に大阪府警の機動隊員は罵声を浴びせた。この隊員に沖縄の基地負担軽減を訴えたこともある大阪府松井一郎知事は「出張ご苦労様」とツイッターでつぶやいた。

 与えられた境遇を黙って引き受けていればいいが、拒絶した瞬間に攻撃される。癒やしているうちだけ可愛がられる。上間さんは「沖縄は言ってみれば、日本社会における女性のポジションに置かれている」。いつまでも一人前ではない他者扱いだ、と。

 見たい沖縄だけを見る。その視線の中に日本社会の無自覚な暴力が含まれている。(高久潤)
    −−「沖縄から見えるもの:下 黙殺が生み出す分断」、『朝日新聞』2017年02月15日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12796279.html





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