覚え書:「インタビュー 子どもの心の復興 福島県立ふたば未来学園高校長・丹野純一さん」、『朝日新聞』2017年03月10日(金)付。

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インタビュー 子どもの心の復興 福島県ふたば未来学園高校長・丹野純一さん
2017年3月10日

 東京電力福島第一原発の事故による避難指示で、自宅を追われた小中学生は約8400人いた。その多くは、いまも全国に散らばっている。あれから6年。避難していた子どもたちの学びの場として、2年前に開校した福島県ふたば未来学園高校の校長、丹野純一さんは「子どもたちの心の傷は、むしろ深まっている」という。

 ――ふたば未来学園に通う女子生徒から、避難先の小学校で教科書やノートを破られ、「帰れ」と落書きされたという体験を聞いたことがあります。「悲しませたくないから親にも先生にも言えなかった」と話していました。避難先でいじめに遭った子は、この学校にも多いのではありませんか。

 「中学で不登校だった生徒は、内申書の欠席日数の多さでつかめます。しかし、いじめの把握は難しい。我々教員が知ることができるのは、生徒が申告してくれたケースと、出身中学に教員が出向いて把握できた分ぐらい。全容はわかっていません。一方で、中学時代に先生に訴えたけど、対処してもらえなかったという生徒もいます。学校現場の認識の鈍さに怒りすら感じます。子どもたちが、どんなにつらい思いで毎日を過ごしてきたか」

 ――不登校を経験した生徒は、どれぐらいいるのですか。

 「非常に多く、6人に1人ぐらいです」

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 《ふたば未来学園は、原発事故の1年後に避難指示が解かれた双葉郡広野町に2015年4月に開校した。郡内の五つの高校は、すべて避難指示区域にあり、地元の町村が要望した。開校時、120人の募集定員に152人が志願し、県教育委員会は全員を受け入れた。現在は1年生132人、2年生143人。入試で双葉郡の生徒の枠があり、141人が通う。88人が寮に入っている。19年度からは中学校が併設され、中高一貫校となることが決まっている。》

 ――原発事故に翻弄(ほんろう)された双葉郡の子どもたちが、これだけ一堂に戻った場所は、この学校しかありません。これまでは避難した子どもたちへの教育の場の確保が優先され、心の状況までつかみきれていませんでした。その実態を把握できる立場として、見えてきた部分はありますか。

 「原発事故で受けた子どもたちの心の傷は2、3年目より5年目、6年目の方が深くなっています。如実に感じています」

 ――時間の経過とともに、子どもたちは落ち着いてきているとばかり思っていました。

 「私も、そう思っていました。新入生には全員に『実のなる木』の絵を描かせています。絵の特徴から深層心理を調べる手法です。宙に浮いた木を描く子が多く、診てもらった臨床心理士は『こんな学校は初めてだ』と驚いていました。自分の居場所のなさが絵に表れているそうです。ただ、この学校で立ち直るきっかけをつかんだ生徒はたくさんいます。中学で不登校だった男子生徒は先日、昔の同級生に会いにいった話をしに来てくれました。自分の成長に『みんな驚いていた』と、うれしそうに語っていた。高校で自分が変われたことを自慢したかったのでしょう」

 「しかし、完全に乗り越えたなと思った生徒が、しばらくしてもとの不安定な状態に戻ってしまう。1年生のときは活発だったのに、2年生になって学校に来なくなったり、学校生活に意欲を失ったりする生徒がいます。決して一部の生徒だけではありません。我々教員も驚いています」

 ――避難指示が出た地域の住民は親戚宅などを転々としました。5回も学校を替わった生徒を知っています。そうした境遇が要因でしょうか。

 「それもあるでしょう。いまの1年生は原発事故のときは小4でした。子どものときに受けた心の傷は、そう簡単に治るものではありません。ただ、ここに来て心の問題がより深刻になっているのは、いまの福島の状況を反映しているのではないでしょうか。避難指示の解除で住民の帰還は進みつつありますが、一方で感情的な対立や分断が深まっています。戻った人・戻らない人・戻れない人、賠償の差。事故直後と比べストレスフルな社会になっています。そうした大人の事情が子どもたちに影を落としている。親が再就職できないという家庭の問題を抱えた生徒もかなりいます。しわ寄せは弱い立場の子どもに向かいます」

 「それと、子どもたちが年齢を重ねたことで将来の不安が見えてきた。子どもはたいてい高校生ぐらいになると、どの大学に入り、あるいはどの仕事に就き、自分がどう生きていくかの物語を考えます。しかし、双葉郡の子どもたちの多くは、自分が住んでいた地域が将来どうなるのかが見通せません。場所によっては、自宅に戻れるのかすらわからない。足場の不安定さが、生徒たちに夢や希望を持ちづらくしています。絶望している福島の子どもたちは全国にいるはずです。社会全体の問題として取り組むべきです」

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 《授業の柱の一つに位置づけているのが演劇だ。1年生が半年かけて取り組む。役場や東京電力、地元商店などを取材。脚本を作り、約10分の劇を演じる。劇作家の平田オリザさんが指導している。》

 ――生徒の心のケアと関係あるのですか。

 「平田さんからの提案がきっかけです。地域の課題を見つめるにはフィールドワークを伴う手法が適していると考えました。やってみてわかったのが、生徒たちが自分たちを客観視できた点でした」

 ――効果があったと?

 「はい。今年度、避難指示区域の富岡町を舞台にした班がありました。『戻りたいと思わない』と言う町出身の高校生を、県外の学校で娘がいじめを受けている女性が『娘のためにも早く帰りたい』となじる。最後に東京出身の高校生が『ここに居る人は誰も悪くないのだから責め合うことはない』とたしなめる。そんな場面が出てきます。これまで原発事故から目を背けがちだった生徒たちが、分断の現実に目を向ける内容の劇が目立ちました」

 ――嫌がる生徒はいなかったのですか。

 「つらい体験を話して何になるんだと思った子は多いです。生徒たちはこれまで他人の傷に踏み込むことを避けてきました。自分自身の傷にも向き合ってこなかった。周りの大人が、向かせないように守ってきたからです。やむを得なかった面はあります。だけど、自分の傷と向き合えなくても、劇を通して他人の傷を知って共感する。それが、救いにも癒やしにもなります」

 「生徒の学習到達度を見るルーブリックという調査をしていますが、『寛容さ』と『他者を思いやる心』が抜きんでて上昇しています。精神的な不安定さは抱えていますが、生徒同士でお互いの傷の深さに気づきあう状況が生まれています。それができるには、寛容性と相手への思いやりが必要な条件です。だから、調査結果に顕著に表れているのでしょう。地域の『復興』は傷と向き合うことです。人間でも同じです。キラキラした復興なんてあり得ません。心の復興に向かう基盤が、ようやく築けるようになったと手応えを感じています」

 ――校舎が原発被災地にあることで、この学校の生徒はあらぬ差別まで受けています。

 「福島の子どもたちはこの先、何十年も厳しい状況の中で生きていかなければなりません。自分たちの頭で考え抜き、手を携えて乗り越えていくしかない。2年生の授業では、週に4時間かけて未来創造探究というカリキュラムを進めています。授業時間としては異例です。各自テーマを決め、とことん地域の課題にこだわらせています。ある男子生徒は近くの農家から千平方メートルもの耕作放棄地の畑を借り、8種類の野菜を作っています。町を歩き、農家と知り合い、自分でいきなり始めました。1人で草むしりしているものだから、同級生たちが見るに見かねて手伝い、仲間が13人に広がった。光を感じました」

 「原発事故を経験し、こんな逆境に追い込まれた子どもたちだからこそ、見えてくることがあるはずです。この学校での取り組みは、未来への挑戦です。建学の精神を『変革者たれ』と決め、口酸っぱく生徒に言っています。自分自身を変える。地域を変え、社会も変える。一人一人ステージはばらばらでも、それぞれの場所で変革を起こしていく。そんな創造者が必ず出てきます」

 (聞き手・いわき支局長 岡本進)

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 たんのじゅんいち 1966年福島県いわき市生まれ。東北大学法学部卒。社会科教諭。高校の教頭や県教育委員会の勤務をへて初代校長。両親とも元教員。
    −−「インタビュー 子どもの心の復興 福島県ふたば未来学園高校長・丹野純一さん」、『朝日新聞』2017年03月10日(金)付。

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