覚え書:「書評:冬の日誌 内面からの報告書 ポール・オースター著」、『東京新聞』2017年05月28日(日)付。

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冬の日誌 内面からの報告書 ポール・オースター著 

2017年5月28日

◆視点を変え、仕掛ける自伝
[評者]飯野友幸上智大教授
 アメリカの小説家ポール・オースターは、初期の「ニューヨーク三部作」や『ムーン・パレス』で、それぞれ推理小説と青春小説を現代風に作り替えるなど、凝った作りながら読みやすい作風が特徴で、日本でも人気が高い。
 今回の二冊はどちらもオースターの自伝で、原書は二〇一二年と一三年に出版された。自伝というと、晩年に満を持して書くものという感じがするが、それは「オートバイオグラフィ」で、この二冊はもう少し軽い「メモワール」と考えていい。
 それにしても、オースターが一九八二年、三十五歳のときに初めて商業的に出版した瞑想(めいそう)的な散文、『孤独の発明』からして自伝的要素が強かった。さらに、九七年の『その日暮らし』では、小説家として立つ前の貧乏暮らしを丹念につづっている。
 そして、六十代半ばに差しかかる時期に一挙二冊ものメモワールを書いた。よくネタが尽きないとも思うが、そこはこの作家らしい仕掛けに満ちている。『冬の日誌』では時系列をバラバラにして、「肉体と感覚をめぐる回想録」と帯文が謳(うた)うとおり、性と死にまつわる回想を語っている。二〇〇二年の交通事故、学生時代の片思い、などの逸話に加え、母親の死をめぐる長い一節は、『孤独の発明』の主に父親についての語りと対をなす。
 一方、『内面からの報告書』は、「ある精神をめぐる物語」(帯文)で、同じ人生を違う視点から描き、より内省的という印象。それでも、強烈な余韻を残した映画の筋書きを長々と語るかと思えば、最初の妻である小説家のリディア・デイヴィスにあてた手紙をそのまま使うなど、客観的に自分の人生に迫ろうという意図が見える。そもそも、二冊とも自分のことを「私」ではなく「君」と呼ぶところに、それがはっきり現れている。
 柴田元幸の訳は今回も冴(さ)えわたる。縦横無尽の語彙(ごい)と、奔流のような筆致で、一気に読ませてしまう。
 (ともに柴田元幸訳、新潮社・『冬の日誌』2052円 『内面からの報告書』2376円)   
<Paul Auster> 1947年生まれ。米国の作家。著書『幽霊たち』など。
◆もう1冊 
 飯野友幸編『増補改訂版 ポール・オースター』(彩流社)。オースター作品の解題・梗概、インタビューなどを収めた文学ガイド。
    −−「書評:冬の日誌 内面からの報告書 ポール・オースター著」、『東京新聞』2017年05月28日(日)付。

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