覚え書:「政治断簡 「改憲は歴史的使命」、その先は 編集委員・国分高史」、『朝日新聞』2017年03月12日(日)付。

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政治断簡 「改憲は歴史的使命」、その先は 編集委員・国分高史
2017年3月12日

 トランプ米大統領が出した中東など一部国民の入国を禁じる大統領令は、「民主主義対立憲主義」という古くて新しい問題をあぶり出した。

 1月の大統領令が裁判所に差し止められると、トランプ氏は「いわゆる裁判官の決定はばかばかしく、覆されるだろう」とツイートした。

 裁判官を侮辱した物言いに、法曹界から「法と憲法をあえて敵に回した」といった批判が噴出。大統領令の出し直しを余儀なくされたのは、トランプ氏の方だった。

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 英国からの自由を求めて独立した米国では、多数派の権力による統治と少数派の自由や平等とをどう調和させるかが、多くの訴訟を通じて歴史的に争われてきた。

 例えば連邦最高裁は1930年代、ルーズベルト大統領のニューディール政策に基づく立法に対し、行政の過剰な介入などを理由に違憲判決を連発。89年には米統合の象徴である星条旗の破損を禁じる州法を「表現の自由」を理由に違憲とした。

 大方の国民感情に反する判決が出ると、トランプ氏のような裁判所批判が巻き起こる。民主的に選ばれた政治家の決定を、選挙の洗礼がない裁判官が覆せるのか。この問いに裁判官はどう答えてきたのだろう。

 米司法に詳しい一橋大の阪口正二郎教授(憲法)が説明してくれた。「理の力、判決文の説得力です。星条旗を焼く者には処罰ではなく星条旗を振れ、つまり言論には言論で対抗すべきだと説くのです。こういう判決を読むと、やはり米国には立憲主義が文化や価値として根付いていると感じます」

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 米国はまた、憲法改正も重ねてきた。よく知られているのは、奴隷制を禁じた1865年の修正13条だ。

 リンカーン大統領は南北戦争中に奴隷解放宣言を出したが、戦後の解放を確実にするには憲法改正が不可欠だと、文字通り生命をかけた。

 スピルバーグ監督は映画「リンカーン」で、下院の改憲発議に必要な3分の2の多数派工作のため大統領が閣僚に檄(げき)を飛ばす場面を描く。「奴隷制廃止を憲法に規定することで全ての人の運命が決まる。いま奴隷でいる数百万人だけでない。将来生まれてくる無数の人々もだ」

 ここにあるのは、未来の米国民に対する強い使命感だ。それから長い時間がかかったが、差別への違憲判決や公民権運動などをへて、黒人大統領も誕生した。曲折はあっても、米国の民主主義は豊かに、そして強くなった。

 リンカーンを偉大だという安倍晋三首相は、先週の自民党大会で「憲法は国の形、日本の理想、未来を語るものだ。自民党憲法改正の発議に向け、具体的な議論をリードしていく。それが党の歴史的使命だ」と力をこめた。

 改憲への決意表明である。では首相はその使命によって、将来の国民のため、どんな国の形や理想を、どんな改正で実現しようというのか。

 その肝心なところは、語られていない。
    −−「政治断簡 「改憲は歴史的使命」、その先は 編集委員・国分高史」、『朝日新聞』2017年03月12日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12837629.html





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