覚え書:「ヒルビリー・エレジー―アメリカの繁栄から取り残された白人たち [著]J・D・ヴァンス [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞』2017年05月28日(日)付。

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ヒルビリー・エレジーアメリカの繁栄から取り残された白人たち [著]J・D・ヴァンス
[評者]立野純二(本社論説主幹代理)
[掲載]2017年05月28日
[ジャンル]政治 社会

貧困層が蓄えた「怒り」の深層

 米国が戦後世界に君臨していた1950年代、黒人作家ラルフ・エリスンが告発的な傑作小説を記した。
 『見えない人間』
 社会の底辺で、忘れられた存在としての黒人の葛藤を描き、のちの公民権運動に影響した。被差別層による変革だった。
 半世紀以上を経たいま、グローバル化の中で米国はすっかり自信を失った。そして、変革は再び起きた。差別発言を臆さない大統領の誕生というかたちで。
 現代の「見えない人間」は白人の被差別層である。
 脱工業化に置き去りにされた白人労働者階級の悲哀は長らく黙殺されてきた。選挙があった昨秋、メディアも世論調査機関も、白人貧困層が蓄えた怒りの巨大さを感知できなかった。
 トランプ・ショックはまさに、白く見えない「田舎者(ヒルビリー)」たちの逆襲だったのである。
 その主舞台となったラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる米中西部が、著者の故郷である。
 祖父母は、アパラチア山脈地域から、工業化された北部オハイオ州へ移住した「国内移民」。本書は、その暮らしを起点に、著者の生い立ちをたどる。
 鉄鋼業の衰退とともに身近に広がる失業、離婚、薬物依存、家庭崩壊。貧窮の中でも虚栄心が強いがゆえに現実を直視せず、都合の良い解釈だけを信じる。
 そんな親族らの描出から浮かぶのは、社会の徳性と知性の発展が逆回転している米国の深刻な病である。政治も報道も信頼されない世界では、事実にもとづく「真実」に意味はない。
 社会研究でも政治書でもない私的自伝が長く全米ベストセラーにとどまったのは、それだけトランプ現象の真相を探しあぐねた都市住民層の苦悩を物語る。
 産業構造の変化や国力の衰退に伴う民心の荒廃と格差。その放置が国の政治をむしばむ連鎖は日本も無縁ではあるまい。この国の見えない怒りがもたらす変革はどんな形で表れるのか。
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 J.D.VANCE 84年生まれ。高校卒業後、海兵隊に入りイラクへ。除隊後、イェール大学卒業。投資会社社長。
    −−「ヒルビリー・エレジーアメリカの繁栄から取り残された白人たち [著]J・D・ヴァンス [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞』2017年05月28日(日)付。

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