覚え書:「悩んで読むか、読んで悩むか 現実には絶対にできない旅を 穂村弘さん」、『朝日新聞』2017年07月09日(日)付。
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悩んで読むか、読んで悩むか> 現実には絶対にできない旅を 穂村弘さん
悩んで読むか、読んで悩むか
現実には絶対にできない旅を 穂村弘さん
2017年07月09日
穂村弘さん
■相談 心だけでも外国へ連れ出してほしい
子どもの頃から外国への憧れが強く、特にヨーロッパの美しい街並みが好きで、独身時代は長期休暇のたびに海外へ出かけていました。しかし、結婚をし、育児をしている今の生活ではなかなか海外旅行ができません。日常生活から解き放たれて、心だけでも外国へ連れ出してくれる本を知りたいです。
(横浜市、パート女性・35歳)
■今週は穂村弘さんが回答します
現実の旅の代(かわ)りになるような本をと思って、あれこれ思い浮かべてみました。欧州の美しい街並みの写真集、ユニークな視点の旅行エッセイ、海外を舞台にしたミステリー……、でも、なんとなくぴんと来ません。臨場感という点では、やはり五感で体験する現実の旅には敵(かな)わない。
そこで、発想を転換することにしました。「現実の旅の代り」ではなくて「現実には絶対にできない旅」を体験する本はどうでしょう。具体的には時間旅行です。御相談者様は横浜在住とのことですが、明治や大正期の港町「横濱」は異国情緒溢(あふ)れる街だったようです。そこには現在の外国以上にエキゾチックな魅力があったのではないでしょうか。
遥(はる)かな「横濱」へ、時間を遡(さかのぼ)るための本として、まず思いついたのは杉浦日向子の漫画『東のエデン』です。江戸の風物を描いた作品で知られた作者には珍しく、舞台は明治初期の「横濱」。文明開化の大波を受けて日本という国が変化していく時代の青春が描かれています。
「英吉利(イギリス)人の喧嘩(けんか)は、型が違うな。」
「違うな。」
「日本(こつち)だと、まずつかみ合っちまうが…奴(やつ)らはちがう。こう手をかまえていて、コウ…。」
イギリス人の喧嘩に巻き込まれた友人を見て、若者たちがこんなことを語り合っています。「英吉利人の喧嘩」の「型」とは、つまりボクシングスタイルのこと。そんなところにまで文化の違いがあることに驚く彼らの姿が、現代の読者である私にはとても新鮮です。作中世界のなんともいえない眩(まぶ)しさは、登場する男女の若さに、近代の日本という国自体の若さが重なったところから生まれているようです。
そしてもう一つ、高野文子の漫画作品集『おともだち』(筑摩書房、1728円)に収められた「春ノ波止場デウマレタ鳥ハ」もお勧めです。こちらは大正期の「横濱」と思(おぼ)しき港町の女学校の物語。開港記念祭の舞台劇「青い鳥」を巡る少女たちの純真なロマンスに心が洗われる思いがします。
◇
次回は精神科医の斎藤環さんが答えます。
◇
■悩み募集
住所、氏名、年齢、職業、電話番号、希望の回答者を明記し、郵送は〒104・8011 朝日新聞読書面「悩んで読むか、読んで悩むか」係、Eメールはdokusho−soudan@asahi.comへ。採用者には図書カード2000円分を進呈します。
−−「悩んで読むか、読んで悩むか 現実には絶対にできない旅を 穂村弘さん」、『朝日新聞』2017年07月09日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/column/2017070900013.html