覚え書:「インタビュー 前例なき仏大統領選 パリ政治学院教授、パスカル・ペリノーさん」、『朝日新聞』2017年04月11日(火)付。

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インタビュー 前例なき仏大統領選 パリ政治学院教授、パスカル・ペリノーさん
2017年4月11日

パスカル・ペリノーさん=国末憲人撮影

 欧米で、既成政党が揺さぶられる現象が相次いでいる。米国では、異端とみられていたトランプ氏が共和党の予備選を勝ち抜き、大統領に就いた。そしていま、間近に迫る仏大統領選で、二大政党を押しのけて、アウトサイダー旋風が吹き荒れている。主要国の政治で何が起きているのか。フランスを代表する政治学者に聞く。

ログイン前の続き ――英国の欧州連合(EU)離脱や米トランプ政権誕生で世界が揺れる中で、仏大統領選の第1回投票が4月23日に迫っています。

 「今年の仏大統領選は、1958年からの仏第5共和制で前例のない選挙です。一つは、大規模テロの影響を受けて非常事態宣言下で実施されること。従来の関心事だった『失業』に代わって『テロ』が最重要テーマに浮上しました。もう一つは、有権者の投票で候補者を事前に決める『予備選』を右派も左派も導入したことです。政治家の意識や大統領候補のあり方が根本的に変わりました」

 「これまでの政治では、候補者は政党の中から生まれてきました。閣僚や首相を務め、経験を重ねたうえで、大統領を目指していたのです。そのような構造に対する革命を、予備選は起こしました。政党を破壊し、古い形の政治を葬り去りました」

 「前回2012年の大統領選で、すでに兆候は現れていました。主要政党では左派の社会党だけが予備選を実施しましたが、当時のオブリ党首を伏兵のオランド現大統領が打ち破る、という予想外の出来事が起きたのです」

 ――今回の大統領選でも、すでにハプニングが相次いでいます。

 「今回初めて予備選を導入した右派では、党の本流とは言えないフィヨン氏が、サルコジ前大統領や政治経験豊かなジュペ元首相を破って候補者となりました。左派の予備選でも、オランド大統領があまりの不人気から出馬断念に追い込まれ、後継者を目指したバルス前首相も伏兵のアモン氏に敗れました。フィヨン氏もアモン氏も、大統領候補になるなんて誰も予想しなかったアウトサイダーです。政界の大物は、予備選に抹殺されてしまったのです」

 「これは、政党が政治をコントロールできなくなっていることを意味しています。予備選は政党をむしばむのです」

 「同様の現象は、フランス以外にも見られます。イタリアでも、首相候補の予備選を導入したことが、政党の弱体化につながりました。米大統領選では、民主党共和党で候補者争いが激化しましたが、政党自体が制御する力を失っているからです」

 ――共和党でトランプ氏、民主党でサンダース氏という、ともにアウトサイダーが支持を集めた現象ですね。ただ、政党はなぜ、自らの影響力を弱めるにもかかわらず予備選を導入したのですか。

 「それは鶏と卵の関係です。最初に政党の力が衰退したから、予備選が導入されたのです。明確な指導者に欠ける社会党は『自分たちで大統領候補を選べないから、有権者に決めてもらおう』と考えた。右派も、党内でサルコジ派とジュペ派との対立が深まって収拾がつかなくなったために『支持者に決めてもらおう』と考えた」

 「つまり、予備選は当初、一つの問題を解決する手段だったのです。しかし、いったん導入してみると、解決手段ではなく問題そのものになってしまった」

 ――右翼「国民戦線」は予備選など導入しませんね。

 「その通り。この党はかつてのままの政党機能を維持しています。古い形の政党が一方で存続し、一方で死滅する。現代は、そのような変化の時代です」

     ■     ■

 ――その党首マリーヌ・ルペン氏が好調です。仏大統領選では、23日の第1回投票の上位2人が5月7日の決選に進みますが、その1人は彼女になりそうです。

 「その可能性は極めて高いでしょう。これまでになく多くの支持を集めています。国民戦線とルペン氏の伸長は今始まったわけでなく、2014年の欧州議会選から続く現象です」

 「今回は、右派と左派の2大政党がいずれも決選投票に残れない大統領選になりそうです。フランス第5共和制では初めて。その意味でも、政党の衰退は明らかです」

 ――もう1人の決選進出は、若手のエマニュエル・マクロン氏が有力ですね。

 「マクロン氏はまだ39歳で、若さ、政党からの脱却、左右対立軸からの解放、といった新たなイメージを打ち出し、政治不信を抱く人々の支持を集めています。オランド政権の元経済相ですが、左右どちらにも偏らない立場を取っています。彼を支える『前進』は、党費を求めないなど政党とは異なる新たな運動体です」

 「フランスでは既成の政治家に刷新を期待しても無駄です。だからマクロン氏のような若い世代の台頭を待たざるを得なかった。でも、状況は日本も同じかもしれませんね。30年前と同じ面々が政治の真ん中に居座っている点では」

 ――ルペン氏が大統領に当選する可能性をどうみますか。

 「ルペン氏が決選を制し、米トランプ氏に続いて大統領の座を射止める――。それは、可能性の高いシナリオではありません。右翼の国民戦線には、連携する相手がいないからです。その統治能力にも疑問が残る。彼女が大統領になるとして、首相は誰が務めるか。財務相は、内相は、教育相は。取り巻きはアマチュアばかりで、ほとんど人材がいない」

 「では、全くその可能性がないかというとそうとも言えません。経済、治安、テロ、移民問題有権者が抱える怒りや不安は大きい。これを選挙でどう示そうかと人々は考えています。誰かを支持する投票ではなく、何かに反対する投票を目指す人が、ルペン氏支持に回る可能性は少なくない。いわばちゃぶ台返し。その時彼女にチャンスが生まれます」

 「ルペン氏が敗れても、一件落着とはなりません。単一通貨ユーロからの離脱といった彼女の主張が世論に浸透し、実現を求める声が高まるかも知れません」

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 ――台頭するポピュリズムは、私たちをどこに連れていくのでしょうか。

 「ポピュリズムはポジティブとネガティブの両面を持っています。民衆の訴えを直接表現している点では、民主主義の新たな姿だと評価できます」

 「一方で、危険な面も否定できません。民主主義は、制度の均衡と権力への制限があってこそ成立します。権力には、それに対抗する力が必要です。しかし、一部のポピュリストはそれを拒む。『民衆から負託を受けたから、法からも議会からも制限されない』などと主張する。このような権威主義に陥る恐れは拭えません」

 ――有権者の支持を得たプロの政治家が、エリート官僚を使いこなして統治する民主主義の原則が崩れかけているように思えます。

 「今は、戦後に定着した政治的世界が解体され、新しい世界が生まれようとしている時期だと考えられます。ポピュリズムは、その新しい世界の一つの要素です」

 「フランスの社会学者ギ・エルメ氏は、民主主義に代わる新たな政治制度の中心として、ポピュリズムとガバナンス(統治)を挙げました。ポピュリズムが人々の声を吸い上げる一方で、実際の政治はエリート官僚中心のガバナンスが担う。そこにかかわるのは一部の意識の高い人だけで、一般市民は無縁です。民衆の代表が政府をつくる時代は終わるのです」

 ――少し不気味ですね。

 「その意味で、米国のトランプ政権に注目しています。今のところ、この政権にはポピュリズムの要素しかうかがえません。でも、その裏で、いくつかのテーマについてはエリートがすべてを牛耳るガバナンスの要素が生まれていないでしょうか。ポピュリズムとガバナンスを備えた政権に変容しないでしょうか」

 ――そうなると、選挙を通じて市民の声を吸い上げる従来の「政治」は意味を持たなくなります。

 「だから、現代は本当の政治危機の時代です。『政治』が今後どうなるか、見えないのです」

     *

 Pascal Perrineau 1950年生まれ。専門は選挙社会学、右翼分析。「国民戦線」研究の第一人者で、パリ政治学院政治研究所長を長年務めた。

 ■危機克服できない既成政治 東京外国語大学教授・渡邊啓貴さん

政党の弱体化は、フランスに限らず先進各国で近年指摘されています。その過程が始まったのは、実はずっと以前のことです。

 従来の政党はイデオロギーに基づいた総合的な存在でした。特に経済政策面で、右と左の大政党は異なる解決法を提示していた。

 ところが、経済政策を巡る論争はすでに1980年代に終わり、先進国が目指すのは穏やかな自由主義に集約されました。自由主義が生み出した豊かな社会を誰も否定できなくなり、財政赤字の慢性化で政策選択の幅もなくなりました。左右ともに似たような政策を打ち出すようになったのです。一方で、世の中の高度化、専門化が進み、従来の左右の分類だけでは対応できない問題が増えました。

 こうしたなかで、環境保護原発フェミニズムといったテーマに特化したシングルイシュー政党が伸長しました。フランスで、排外主義を掲げた国民戦線が台頭したのも、その特殊な一例です。

 つまり、そのころからすでに、二大政党の衰退は始まっていたのです。この傾向に拍車をかけたのが、ペリノー氏の指摘する「予備選」だったといえるでしょう。

 今回の大統領選は、そうした変化の一つの節目です。大政党は危機を克服できず、市民の政党離れは深刻です。既成政治への不信感が高まり、経験ある政治のプロが評価されなくなった。むしろ経験の浅い、政界のアマチュアが好まれます。ルペン氏やマクロン氏はそのような政治家像の象徴です。

 ただ、大統領に強大な権限を与える仏第5共和制の狙いは、政策論争を経て選ばれた人物に、公約を実現させるところにありました。深い政策論争なしに素人が大統領になれば、公約が実現できず、制度の趣旨が損なわれる懸念が高まります。

 政党は今後も残るものの、機能や役割は変わるに違いありません。もはや有権者の社会観全体を体現するものではなくなり、党内の意見の最大公約数をまとめる程度の存在となるでしょう。

 多党分立化に回帰するフランスの混乱は、懸念すべきです。ただ、民進党の失敗もあって1強が強まる日本に比べると、フランスの場合は、結果よりもプロセスを大切にする民主主義の原点を改めて認識させてくれるといえます。(聞き手はいずれもGLOBE編集長・国末憲人)

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 わたなべひろたか 54年生まれ。専門はフランス政治外交。著書に「現代フランス」(岩波書店)など。駐仏公使も務めた。
    −−「インタビュー 前例なき仏大統領選 パリ政治学院教授、パスカル・ペリノーさん」、『朝日新聞』2017年04月11日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12885174.html





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