覚え書:「時事小言 トランプ政権の軍事的圧力 体制変える効果乏しく 藤原帰一」、『朝日新聞』2017年04月19日(水)付夕刊。

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時事小言 トランプ政権の軍事的圧力 体制変える効果乏しく 藤原帰一
2017年4月19日 


 政権発足から百日を迎えるトランプ政権の外交と軍事戦略に、新しい兆候が現れている。

 その第一が、4月6日の、シリアにおけるアサド政権支配下にある施設に対する空爆である。攻撃の引き金となったのはアサド政権による化学兵器使用の疑いであるが、化学兵器の使用が疑われたのはこれがはじめてのことではない。だがオバマ政権は、化学兵器が使用されたと判断しながら、ISIS(いわゆる「イスラム国」)への攻撃は行う一方で、アサド政権については軍事攻撃を控えてきた。大統領に就任する前のトランプ氏も、爆撃によってISISを排除するなどの発言はしたもののアサド政権に対する攻撃を予告することはなかった。トランプ氏がこれまでロシアとの関係改善を訴えてきたことも見逃せない。その姿勢を一転して、ロシア政府の軍事的支援を受けるアサド政権に攻撃を加えたのだから、政策の転換といっていいだろう。

 東アジア政策にも変化の兆しを見ることができる。大統領に就任する前のトランプ氏は北朝鮮問題について中国が十分な対処を取っていないことを批判してきたが、習近平国家主席との会談後のトランプ大統領は一転して習近平氏への信頼を語り、中国が為替相場を操作しているという批判も撤回した。原子力空母カールビンソンを擁する海軍戦闘部隊を北朝鮮近海に向ける姿勢を見せるなどトランプ政権は北朝鮮への軍事的圧力を強めているが、その圧力は米中連携の模索と並行して加えられている。軍事と外交の両面において北朝鮮を牽制(けんせい)するトランプ政権の姿勢が明確となった。

 オバマ政権のもとでアサド政権の暴力や北朝鮮の核開発が続いただけに、トランプ政権の新たな対外政策に期待を寄せる人もいるだろう。だが私は、そのような議論に賛成できない。新たな政策が成果を上げるとは考えにくいからだ。

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 国際政治では、戦争の瀬戸際まで相手を圧迫する政策のことを瀬戸際政策と呼んでいる。瀬戸際政策をとる相手に対して妥協すれば不当な圧力に屈したことになるが、妥協を拒むときには全面戦争を覚悟しなければならない。国際政治学者リチャード・ネッド・ルボウの名著「平和と戦争の間」で論じられているように、国際政治における危機のなかでも、瀬戸際政策は戦争が生まれる可能性がもっとも高い状況である。

 ここで怖いのは、相手が全面戦争を覚悟しているのにこちらにはそのような意思がないとき、軍事的圧力を強めて瀬戸際政策に対抗しても効果が乏しいことである。特に、相手が権力の拡大ではなく体制の存続を目的として行動するときには、圧力を加えても相手の行動を変えることは難しい。

 シリアのアサド政権の場合、瀬戸際政策どころか、すでに戦争が続いている。化学兵器の使用を見過ごしてはならないという主張はその通りだが、アサド政権が最大限の暴力に訴えて政権保持を模索している以上、ミサイルを撃ち込むだけでは政策転換を期待できない。オバマ政権がアサド政権への攻撃を恐れた理由はそこにあった。そもそもアメリカに賛同する勢力が極度に弱体なシリアで、ISISとアサド政権をともに敵とするような介入に成果を期待することはできるのだろうか。

 北朝鮮は古典的な瀬戸際政策の事例と見ることができる。そして、ミサイル実験は失敗に終わったと見られるものの、アメリカによる軍事的圧力にもかかわらず、北朝鮮がミサイル実験を断念しなかったことは確認しなければならない。クリントン政権から四半世紀、北朝鮮への圧力や交渉が成果を出していないのが事実であるとしても、これまで以上に圧迫すれば相手が屈するとは期待できないのである。アメリカが軍事的圧力を強め、中国がこれまでの微温的な経済制裁を実効性のある制裁に変えたとしても、金正恩政権が方針を転換する保証はない。

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 アサド政権も金正恩政権も、国民の安全を保つどころかそれを奪う非道な権力であり、正統性を認めることはできない。だがどちらの政権も、その権力を保持するためには最大限の暴力に訴える可能性が高い。体制の存続のためにあらゆる手段をとる相手を前にするとき、どれほど米軍の力が圧倒的であったとしても、限定的武力行使の効用は乏しい。

 現在のトランプ政権は限定的空爆や軍事的威迫しか行っていない。それによってシリア政府や北朝鮮政府の政策が変わるのなら結構なことだ。だが、力の示威を前に相手が屈しなければ、介入を拡大するか放置するか、選択を迫られる。トランプ政権は、オバマ政権が慎重に避けてきた瀬戸際政策の落とし穴にはまろうとしている。(国際政治学者)

 ◆月に一度、掲載します。
    −−「時事小言 トランプ政権の軍事的圧力 体制変える効果乏しく 藤原帰一」、『朝日新聞』2017年04月19日(水)付夕刊。

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