覚え書:「耕論 いきなり9条改憲? 加藤朗さん、阪田雅裕さん、田中秀征さん」、『朝日新聞』2017年05月09日(火)付。
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耕論 いきなり9条改憲? 加藤朗さん、阪田雅裕さん、田中秀征さん
2017年5月9日
「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」――いきなり9条に踏み込んだ安倍晋三首相の改憲発言が波紋を広げている。その意味は。いま、なんの狙いがあるのか。
今回の9条改憲提案は、安倍さんが投げた曲球(くせだま)だと思いますログイン前の続き。改憲派はとまどったでしょうし、護憲派はどう打ち返していいかわからない。
1項、2項はそのままで、3項に自衛隊を明文で書き込むというのは、端的に言えば現状の追認です。最近のさまざまな世論調査を見ても、大多数の国民は自衛隊を容認しています。護憲派にしてみれば、正面きって反対できるだけの論拠がない。いまさら自衛隊違憲論を唱えても、とうてい世論の支持を得られないでしょう。
自衛隊は、日米安保と憲法をつなぐ手品のタネのような役割を担ってきました。外に対しては「これは軍隊だ」と言い、内に対しては「軍隊ではない」と言うことによって、憲法9条体制を維持してきたわけです。その手品で「軍隊だ」と「タネ明かし」をしようというのが、今回の安倍提案だといえます。
自衛隊を憲法上で位置づけることで、東アジアにおける日米両軍の一体化をさらに進めようとしているのかもしれません。北朝鮮のミサイル問題や中国の海洋進出で、東アジアの安全保障環境が激変している中、日米安保を極東のローカルな安全保障体制に特化させ、かつ強化させようという意図があるように思います。
自衛隊員からすれば、憲法に明記されることで、「やっと日の当たるところに出られる」という思いはあるでしょう。とはいえ、世界的に安全保障環境が激変する中で、自衛隊はもっと深刻な問題に直面しています。
最大の問題は、自衛隊が担ってきた国際貢献の役割が事実上できなくなっていることです。南スーダンの国連平和維持活動(PKO)撤退が示すように、現在ではPKOのあり方がすっかり変質している。もう交戦権を持たない自衛隊を出すことは無理です。自衛隊を3項に明記したところで、交戦権を否定した2項が変わらない以上、PKOに出せるようになるわけではありません。
PKO以外にも、災害派遣や難民救援など、国際貢献としてできることは多いはずです。しかし、いまの自衛隊にはその余力がありません。人員的にも、装備的にも手いっぱいです。自衛隊がこれまで担ってきた国際貢献を、今後は誰が担っていくのかを考えなくてはいけないのですが、護憲派にも改憲派にもそうした議論がない。
今回の9条改憲提案は、安倍さんが上げた観測気球にすぎないかもしれません。しかし、これを機会に、自衛隊の役割を根本から考え直し、9条の平和主義や国際協調主義をどう実践していくかを議論すべきです。それ抜きに、9条に3項を追加すべきかどうかを論じても意味がないと思います。
(聞き手 編集委員・尾沢智史)
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かとうあきら 51年生まれ。防衛研究所などを経て現職。専門は国際政治学、安全保障論。著書に「日本の安全保障」「13歳からのテロ問題」など。
■解釈変更を重ねるよりは 阪田雅裕さん(元内閣法制局長官)
私は憲法について、「不磨の大典」と考えていません。時代の要請や国際環境の変化に応じて、ただすことはただし、改めるべきは改めるべきだと思います。9条についても同じです。
一貫して政府は、自衛のための必要最小限の実力組織である自衛隊は、9条2項で保持を禁止した「戦力」にはあたらない、と言ってきました。ガラス細工のようとも言われますが、専守防衛、精緻(せいち)な論理に基づく骨太な解釈でした。しかし、先の安保法制によって、日本が攻められた時以外にも武力行使ができることになりました。
このような自衛隊の存在を、9条1項、2項を残したままで、矛盾なく書き込むことは難しいのではないでしょうか。
もちろん真正面から憲法改正に取り組むことは政治の王道で、定着した解釈を政府の一存で変更してしまう解釈改憲とは違って、まっとうなことです。
しかし、それならなぜ、安保法制の時にそうしなかったのでしょうか。これでは順序が逆と言われても仕方がありません。
安保法制の成立によって、憲法そのものの重みが損なわれ、徴兵制すら解釈変更で可能になりかねないことになったのは、返す返すも残念です。
首相が今回、改憲に踏み込んだ動機は分かりません。あれほど国民の反対があった安保法制も、成立後は大した異論もない。それならもう一歩、ということでしょうか。
今回、正常な手続きで憲法を改正しようということだとすると、わが国の平和と安全を守るために9条がどうあるべきか、改めて議論を尽くす好機であると思います。
世論調査などに示されているように、自衛のための必要最小限の実力組織でしかない自衛隊は、外国の軍隊のように海外に行って他国の戦争の手伝いをするべきではない、というのが国民の大方の意見だとすれば、その原則をまずはしっかり書くべきでしょう。
自衛隊の存在を規定するだけで全部が片付くわけではありません。例えば自衛隊法に書かれている首相が最高指揮官であることを憲法にも盛り込む必要があるでしょう。現在、憲法が禁じている特別法廷をどうするのか。他国のように軍法会議を持つ必要があるのかどうか、なども議論しなくてはなりません。
集団的自衛権も同様です。そもそも行使を認めるかどうか、認めるとすればどんな場合か。日米安保条約以外の分野、例えば国連決議で組織された多国籍軍などへの参加についても、できるかできないか、憲法で明確にしておく必要があります。自衛隊がどの範囲で武力行使ができるのか、はっきりさせておかないと、またぞろ解釈をめぐって不毛な議論の繰り返しです。
(聞き手 編集委員・駒野剛)
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さかたまさひろ 43年生まれ。66年に大蔵省(現財務省)に入り、04年から06年まで内閣法制局長官。弁護士。著書に「憲法9条と安保法制」。
安倍首相による憲法改正を求めるメッセージは唐突で強引、内容も粗雑だと感じました。これまで慎重に事を運んできた首相が、なぜか突然、つま先だって走り出した印象を受けます。
特に疑問なのは、9条の1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという点。いわゆる「戦争放棄」の1項はともかく、「戦力不保持」を規定した2項をそのままにして3項に自衛隊を書き込むのは、明らかに矛盾です。自衛隊を認めながら、戦力ではないというのは通りません。
自衛隊は世界的に冷戦が激化し、国内でも極左勢力が伸長した1950年代はじめ、緊急避難的に創設されました。そんな経緯から軍かどうかという議論は避けられてきましたが、3項に明示するとなると、本格的に議論する必要があります。
そこで自衛隊は軍ではないという国会答弁が通用するでしょうか。私は「戦力不保持」を削除し、自衛隊を自衛軍にするところまでは賛成だし、護憲派で知られる宮沢喜一・元首相も私に「GHQによる占領が終わる前後に何とかしておけばよかった」と言っていました。
もちろん、軍の活動に厳しい「タガ」をはめることは必要です。1項の趣旨をいかし、「集団的自衛権は行使せず、個別的自衛権に限定」と明文化することは欠かせません。
改憲項目として首相が高等教育無償化を挙げたことにも違和感があります。どこかに政局的な思惑があるのでしょうか。集団的自衛権は解釈変更で対応し、高等教育無償化は憲法改正で対応すると言うのは話が逆でしょう。それに9条改正とセットで提示するなんて奇怪です。
そもそも、自民党の憲法改正草案とも違うではないか。政治家が憲法への姿勢でぶれるのは、政治生命にかかわる死活的な問題です。石破茂・元防衛相も今回の9条3項には否定的。護憲派の宏池会の流れをくむ岸田文雄外相は「当面、憲法9条を改正することを考えない」と明言しています。まずは安全保障と憲法の関係について、自民党内、国会の憲法審査会で時間をかけて徹底的に議論するべきでしょう。
「憲法改正」は、小細工をせず、手順を尽くし、腰を落ち着けて国民的合意の形成に努めるべき課題です。「2020年に改正憲法の施行を目指す」というのは、単なる首相個人の希望と受け止めざるを得ません。
懸念するのは、アジアの緊張が高まっている今、手順を踏まずに拙速に改憲に走ると、内外から「大日本主義への回帰」と誤解される恐れがあることです。それによって、ユーラシア大陸の東岸全域(中国、韓国、ロシア)との敵対的関係が強まるとすれば、賢明とは言えません。
(聞き手・吉田貴文)
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たなかしゅうせい 40年生まれ。衆院議員を3期つとめ、経済企画庁長官、細川政権の首相特別補佐、新党さきがけ代表代行などを歴任。福山大学客員教授。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12927362.html