覚え書:「政治断簡 恋々としてますが、なにか? 政治部次長・高橋純子」、『朝日新聞』2017年05月29日(月)付。

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政治断簡 恋々としてますが、なにか? 政治部次長・高橋純
2017年5月29日

 小学3、4年生の頃だったか。母にしばしば、古本市に連れて行かれた。お目当ては、百科事典。働き者で倹約家、本などめったに読まないのに、品定めする横顔はなんだかうれしそうで、子ども心に意外な感じを受けた。
 でも今なら、ちょっとわかる。早く社会に出たから知らないことがたくさんある、とこぼしていた母のこと、憧れの「知」を身近に引き寄せ、なりたかった自分になれそうな気がしていたのだろう。

 そんな何十年前のことを思い出したのは、山口県周南市が、来年新設する図書館、いわゆる「ツタヤ図書館」に置く「インテリア」として、中が空洞の「ダミー本」3万5千冊を約152万円で購入することを計画していると知ったからだ。
 市議会の議事録によると、2階まで突き抜ける高架の棚を設け、「本に囲まれた空間を演出する」ため「手が届かない場所へは洋書やダミー本を置く」らしい。図書館全体の本棚の容量は10万冊というから、3分の1をダミー本が占める計算になる。
 担当者は昨秋、こう答弁していた。「入った時に『うおっ』と思って頂ける空間づくりをしたい。ただしあまりにもダミー本ばかりだとおかしな話になるので、縦ではなくちょっと横に置いてみるとか、極力減らしていく方向で協議を進めている」
 はい。私も見たらたぶん「うおっ」ってなる。でもそれって何に対する、何のための「うおっ」なんだろう。
 個人宅に置き換えてみる。自慢の大きな本棚をダミー本で埋めている家主を、私は信頼できない。だって家主は思っているはず。中身なんてどうでもいい。むしろ空洞の方がいい。安いし軽いし入れ替えも楽だし−−ああこれ、この感じ。安部政権が民を扱う手つきに似てる。

 参加でも共働でも包摂でもなく、動員。中身や過程はどうでもいい。頭数だけそろえればOKという身もふたもない割り切りが、安部政権の特質だと私は思う。首相の唐突な9条「加憲」表明も、国会議員を、国民を、動員しやすいと見越してのことだろう。
 動員に効くのは雰囲気の演出。ゆえに何かにつけて2020年、東京五輪パラリンピックを持ち出す。あるいは、逆らったら面倒なことになるという空気を作り出す。地位に恋々、恫喝連々、5月の風はスガスガしいってな。
 でも私たちは過半数を形成する頭数でも、「1強」を演出するインテリアでもない。
 「常にあなたを他の誰かのようにしようとする世の中で他の誰でもない自分でいること、それは人間にとって最も過酷な戦いに挑むことを意味する。戦いを諦めてはならない。」
 過日、東京・赤坂の東京ミッドタウンで、白い工事フェンスに浮かぶ黒い文字群に出くわした。発出主は「反骨の母」とも呼ばれる世界的ファッションデザイナー、川久保玲氏が率いるブランド「コムデギャルソン」だ。
 戦いたい。諦めたくない。
 そう、私は、私であることに、恋々としているのだ。
    −−「政治断簡 恋々としてますが、なにか? 政治部次長・高橋純子」、『朝日新聞』2017年05月29日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12961202.html





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