覚え書:「危機の20年 北田暁大が聞く 第12回 ゲスト・萱野稔人さん 論壇、言論と政治(その1)」、『毎日新聞』2017年03月25日(土)付。

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危機の20年

北田暁大が聞く 第12回 ゲスト・萱野稔人さん 論壇、言論と政治(その1)

毎日新聞2017年3月25日 東京朝刊
 
 冷戦構造、55年体制崩壊以後の政治、経済、社会と現在を北田暁大・東京大教授(社会学)が、各界の識者と議論した本連載。最終回のお相手は、萱野稔人・津田塾大教授(哲学)だ。主に、この間の論壇、言論と政治の状況について話し合った。【構成・鈴木英生。写真・猪飼健史撮影】

マルクス主義の衰退が構造への問いを弱めた
 北田 ナショナリズム批判は「68年」=注<1>=から左派の課題で、1990年代以降も、カルチュラルスタディーズ、ポストコロニアリズム=注<2>=といった学問潮流がテーマにしてきました。ですが今、ナショナリズム、排外主義的な傾向はとどまるところを知らず、批判する側にも以前の主張を忘れたかのように流れに棹(さお)さす人すらいます。

 
 萱野 この20年ほどの論壇は、理論への敬意が低くなったと感じます。代わりに、物事を善悪や道徳で判断する傾向が強まった。安倍晋三政権の高支持率もトランプ現象も、「許せない」だけ。どんな理不尽な動きにも、背景となる「合理性」があるのに、それを見ない。そもそも、国家は良しあしではなく、現に存在するものです。「9条を守れ」だって、「我々の憲法を我々で守る」というナショナリズムですよ。

 北田 国家単位での物事を気にするのは、広い意味で「ナショナリスト」。そう自覚したうえでレイシズム(人種などの差別)にはまってはならない。憲法9条も、よほどナショナルな信念がないと守れない。国際法との整合性や交戦権の解釈など、国際社会で通らない理屈に基づきますから。日本は、偶然と米国の戦略に守られて戦争をせず、矛盾を沖縄に押しつけてきた。単一民族国家神話を批判しつつ「9条を守れ」と言う両義性をしっかり意識しないと。

 萱野 護憲ではナショナリズムと癒着するのに、安倍政権をナショナリズムだからと批判する。善悪判断のアジテーションをしているだけです。

 北田 僕も一市民としては、善悪判断で行動します。ただし、同時に学者としてデータや理論に基づかないといけない。善悪感覚と分析は一致しない場合もある。なのに、森友学園問題で内閣支持率がもっと下がらないのはおかしい、と「論じる」人がいる。

 萱野 今のような財政難だと政治が利益を誘導しにくいから、ああいうスキャンダルは一般の人からすれば遠い。だから嫉妬心などをかき立てず力がない。野党が好きな社会民主主義的政策も、パイが縮小する時代は人気が出ない。

 北田 逆に、左派こそパイを増やす政策を打ち出すべきでしょう。「脱成長」で野党は勝てない、という点は同意されますよね。

 萱野 成長抜きで社会民主主義はなりたちません。

 北田 元々、資本主義体制よりも豊かになることこそ「社会主義の本義」ですよ。しかし日本の左派は70年ごろから……。

 萱野 経済を考えなくなり、単に「弱者を救え」になった。

 北田 そこは両義的で、70年代以降の左翼がマジョリティーや既存左派政党が見なかった、見ないことにした他者を可視化させたのは大きな成果です。沖縄、被差別部落寄せ場、女性……。でも、いわゆる文化左翼は上部構造=注<3>=の話ばかりになってしまった。左派が経済を忘れたのは、60〜90年代初頭の日本が基本的に豊かで、永遠に成長が続くと思い込めたから。結果として、下部構造の話を全部自民党に持って行かれた。

 萱野 マルクス主義の最良の部分は、人間の意識に期待しても社会変革は起きない、意識に上らないものこそが大切だと唱えた点です。マルクス主義の思想としての衰退は、左翼が力を失う以上の影響を与えました。たとえば、私は、暴力も「下部構造」としてとらえる。私たちは国家などの暴力で支配されつつ、安全を保障されてもいる。ターミナル駅で毎日何百万人の他人が往来しても、突然殴られたりはまずしない。近代以前なら武装しなければ身を守れない状況ですよ。つまり、意識に上らない、社会環境を構造化する力が私たちを規定している。こうした問いが通じにくくなりました。

 北田 本気で、「マルクスに戻ろう」ですね。

 萱野 事象を構造的に捉えないと。海外の例なら、イギリスのEU(欧州連合)離脱問題です。実は、英国の国内総生産(GDP)は、2030年にドイツを超えて欧州1位になるとされ、50年までに人口も独を超します。

 北田 となると、新「神聖ローマ帝国」EUなんていらん、と。

 萱野 英国にはEUの経済的デメリットが最低二つある。まず、南欧の債務問題。もうひとつは規制の厳しさ。特に金融業界は独自でルールを作った方がグローバル化に得です。つまり、エリートの経済合理性でも離脱という選択肢はある。なのに日本での理解は「グローバル化に取り残された労働者の排外主義が」ばかり。

 ■人物略歴

かやの・としひと
 1970年愛知県岡崎市生まれ。早稲田大卒後、フリーターを経て渡仏。パリ第十大大学院博士課程修了。博士(哲学)。著書『国家とはなにか』『カネと暴力の系譜学』『哲学はなぜ役に立つのか?』『成長なき時代のナショナリズム』など。
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