覚え書:「政治断簡 「自由」を壊す技法とは 編集委員・松下秀雄」、『朝日新聞』2017年06月05日(月)付。

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政治断簡 「自由」を壊す技法とは 編集委員・松下秀雄
2017年6月5日

 ひとたび恐怖や不安に覆われると、「自由な社会」は簡単に壊れるものなのか。9・11同時多発テロ後の米国の経験を振り返り、そんなことを考えた。
 事件の翌月、捜査機関の権限を拡大する愛国者法が成立。これを根拠に、米国家安全保障局(NSA)は市民の通信記録などを収集、大規模な監視活動を始める。
 活動を内部告発したのが、エドワード・スノーデン氏。経過を記録したドキュメンタリーや、氏の著作に触れ、市民の「丸裸」ぶりにぞっとした。誰と会ったか。なにを買ったか。どのウェブサイトを見たか。全行動を把握できるというのである。
 一方で政府の活動は、明かせば安全が脅かされるとベールに覆われる。監視の実態も隠された。スノーデン氏が暴いた活動の中には、当局が過激とみなすイスラム教徒の性癖の調査も。公にすれば評判を落とし、影響力をそげるともくろんだのだ。
 政府からは市民の活動が丸見え。市民からは政府が見えない。その非対称は何をもたらすのか。スノーデン氏はこう警鐘を鳴らす。
 「国民は、権力に反対する力を潰される。政府と国民の力のバランスが変わり、支配する者と、される者になる」


 なぜ、9・11後の米国に関心を抱いたか。日本でいま起きていることと、どこか通じているように思えたからだ。
 特定秘密保護法に安全保障法制、審議中の「共謀罪」。いずれも安全が脅かされるから、危険を避けるためだからといった理由が挙げられた。
 これに対し、政府の活動が隠される、市民が監視されるなどと批判が起きたが、内閣支持率は下がらない。海外でのテロ。核やミサイル実験。不安にさらされている時、「安全のため」といわれると、自由や人権は二の次になるからだろうか。
 市民が政府を監視する手立てはやせ細る。防衛省財務省文部科学省も、日報や交渉記録などを「廃棄した」「確認できない」と突っぱねる。いや、あるという前文科事務次官は「出会い系」への出入りを暴かれ、信用んらぬやつだといわんばかりの人格攻撃を受けている。
 さらに、一部メディアの報道ぶり。「権力の監視」はどこへやら、いまや政権の広報かと見まがうばかりだ。
 政治記者になって23年、ここまでの光景は初めて見る。スノーデン氏の言葉通り、政府と市民の関係が変わりつつあるのか? その表れが「安倍1強」なのか?

 ◇
 身の危険を感じる時、安全最優先になるのは世の常だろう。けれど政府を監視できなければ、その不安がどれほどのものか、不安をあおられていないかもわからない。ナチス・ドイツの国家元帥、ゲーリングはこう言った。
 「人々は指導者の意のままになる。『我々は攻撃されている』といい、平和主義者を『愛国心に欠け、国を危険にさらしている』と非難する。それだけで良い」
 そうしてナチスは全権を掌握し、戦争に突き進んだ。忘れてはならない教訓である。
    −−「政治断簡 「自由」を壊す技法とは 編集委員・松下秀雄」、『朝日新聞』2017年06月05日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12972786.html





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