覚え書:「「天皇主義者」宣言のわけ 思想家・内田樹さんに聞く」、『朝日新聞』2017年06月20日(火)付。

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天皇主義者」宣言のわけ 思想家・内田樹さんに聞く
2017年6月20日 

内田樹さん=細川卓撮影
 9条護憲や脱原発などリベラルな主張で知られる思想家の内田樹(たつる)さん(66)が、雑誌のインタビューで、自分は「天皇主義者」になったと宣言した。右派的な用語で、アブない気配が漂う。なぜ今“変心”なのだろう。

 ■契機は「お言葉」、崇敬なき保守派に疑問

 保守系雑誌「月刊日本」5月号のインタビュログイン前の続きー記事「私が天皇主義者になったわけ」で表明した。過去には「立憲デモクラシーと天皇制は原理的に両立しない」と考えていた時期もあったが、天皇制を含めた今の政治システムをよく練られた政治的発明だと思うようになったことで「僕は天皇主義者に変わった」と語り、一部に驚きを与えた。

 憲法で「日本国民統合の象徴」とされる天皇。内田さんは記事の中で、今の天皇制システムの存在は政権の暴走を抑止し、国民を統合する貴重な機能を果たしていると高く評価した。昨年8月の「お言葉」で「天皇の務め」とされた各地への「旅」にも着目。戦争犠牲者への「鎮魂」と災害被害者など傷ついた者への「慰藉(いしゃ)」は、実は国民を統合するために非常に効果的な政治的行為なのだとした。

 「天皇主義者」は、右派色・復古色が強く、安易には使えない言葉だろう。取材すると、きっかけは昨夏のお言葉だと内田さんは明かした。

 「陛下自らが天皇の務めは鎮魂と慰藉の旅だとの解釈を示されたのに、保守派の中からは『余計なことはするな』『静かに国事行為だけをしていればよい』と言わんばかりの声が出た。驚きました」

 「皇室への素朴な崇敬の念すらなく、その存在をただの道具としてしか見ていない。ならば陛下の新解釈を支持する僕こそが天皇主義者だ。そう言ったつもりです。これまでも天皇制支持者であることは公言してきたのですが」

 天皇を国民の上に置く意味での天皇主義ではない?

 「違います」「どのような天皇制を作り上げるか、みんなで議論できるのが立憲デモクラシーだと思っています」

 陛下の提案を否定するのかと訴える形で誰かの意見を批判すること自体が、別の問題を生まないだろうか。「『国民は天皇への素朴な敬意の念を持っている』というフィクションを維持しなくて大丈夫なのか、と保守派に問いかけたかったのです。それなしに天皇制が統合機能を果たすことはありえないと思うので」

 内田さんは鎮魂の「方法」に留意していた。「先代から今上に至る過程で、A級戦犯が合祀(ごうし)された靖国神社には参拝しない原則が確立されたことが重要だ」。だがその方針は今後も持続されうるものか。「当面は持続するだろう」と内田さんは見ていた。

 インタビュー記事では、天皇制が高い統合力を持つ一因はそれが持つスピリチュアル(霊的)な性格にある、と踏み込んだ。「選挙で選ばれた指導者などの世俗的な『国家の中心』とは別に、国家にはしばしば、宗教や文化を歴史的に継承する超越的で霊的な『中心』がある。日本の場合、それは天皇なのだと思う」

 確かに天皇は祭祀(さいし)を行う存在でもある。しかし、霊的な側面の強調には危うさを感じる人が多いのでは?

 「多いでしょうね。でも『危なっかしいものだから遠ざけておく』という考え方は、実は一番危ないのではないでしょうか。むしろそこを直視しないと、天皇制がどう機能しているかも、場合によってどう暴走に結びつくのかも分かりません。できるだけ理解し、コントロールする方法を探した方がいい」

 「日本人はなぜ天皇制があった方が国がうまく治まると信じているのか。調べるべきは、それでしょう」

 ■近代ゆえ?国民の「尊敬」増

 「なぜ日本人はこれほどまでに天皇を『尊敬』しているのか」と題する論考が今月、ネットで発表された(現代ビジネス)。戦後社会と天皇制に詳しい歴史学者・河西秀哉さん(神戸女学院大学准教授)の寄稿だ。

 河西さんは、NHKが5年ごとに実施する「日本人の意識」調査を分析。天皇にどんな感じを持っているかとの質問に、2003年ごろから「尊敬」との回答が増え始めたと指摘した。13年には34%に上昇し、最も多い「好感」(35%)に迫る勢いだという。被災地を訪ねる天皇・皇后の姿が報道されたことなどで、共感に近い尊敬が広がったのだろうと考察する。

 尊敬は持続しうるのか。取材に対し河西さんは「持続可能性はある」と述べた。「カギは道徳的な行動が行われることと、それがマスメディアで伝えられること。後者が重要である点では、近代的な現象です」

 霊性など近代以前から続く要素についても「そうした部分に国民が『権威』を感じ、尊敬につながっている可能性はある」と話す。(編集委員塩倉裕
    −−「「天皇主義者」宣言のわけ 思想家・内田樹さんに聞く」、『朝日新聞』2017年06月20日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12995417.html





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