日記:組織票に支えられた公明党の大敗北に関する一考察

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今回、公明が票を落としたのは、1)支持基盤である創価学会の内部票の自然減、2)内部の離反者の増加、3)依頼されて投票していたフレンド票の離反にほぼその理由を見出すことができると思う。

まず1)に関して
日本共産党だけでなく、公明党の支持層である創価学会の高齢化が、内部票の減少に影響を与えていることは共通するが……私の所属する地域の地区の地区協議会など、出席者では私が最年少……、現実に票をはじき出している団塊の世代が退場するまでには、もう少し、すなわち長くて10年、短くて5年はかかると思われるので、自然減は大きな影響を直近には与えないと思う(※)。しかしながら、選挙動員が信仰活動よりも主となり、信仰活動が従という現在の創価学会の在り方が、後継者の育成を疎かにしている以上、近い未来、恐ろしいことになるのは間違いない。
※比例全体としては票を落としているが、選挙区によっては微増しているところもあるのがその証左といってよい。

つぎに2)に関して
内部の離反者の増加が、僕としては、感覚の問題だけど、「現在」という地平においては決定的な打撃を与える力にはなり得ていないのではないかと考えている。公明党への投票数は全体として後退したものの、自公という意味では、全体として圧勝していることを考えると、創価学会員で、これまで公明党、そして自民党へ投票していたクラスタが離反した割にはという意味において。ただし、公明党が2009年に経験した「歴史的敗北」を考えるならば、この離反のゲリラ的動きは、今回ようやく端緒についたと考えるべきで、人間をこれっぽちも大事にしない自公政権、そして創価学会の思想と行動の本来性と相反する公明党の現在に、創価学会員が「No」をつきつけることには非常な意味があると思うので、今後、この増幅へと加速させていくしかない。その意味では、真面目に「信心」しているからこそ、はじまったばかりの「公明党はおかしい」という共通了解の拡大に丁寧に取り組んでいく他無い。

そして3)に関して
さて、僕自身が注目しているのは実は3)。実際のところ、内部の自然減、離反者よりも、内部の外縁の位置するフレンド票……創価学会の内部用語では依頼して投票してくれる部外者を「F」(エフ)と呼ぶ、フレンドの略称……の急落が最大要因ではないかと考えている。コアな活動家の弾き出す票には限界があるけれども、頼まれてポンしてた票が、今回は大きく下落した。その最大要因は口汚い野党批判ではないかと見据えている。

09年の自公の下野以降、公明党は特に野党批判にリソースを注いできた。その批判の全てに妥当性がないとは思わないけれども、それでも常軌を逸したその口汚さは、先の都議選以降、過激さをますばかりだ。その批判はクリティークというよりも、2chレベルの当てこすり。政策を一切語らず、学会員ですら眉を顰める口汚い言葉の連呼に辟易した人は多いのではないか。

確かに、敵愾心を煽るのは、内部票を固め、支持者を党勢拡大へ向けて鞭打つという意味では有効かもしれない。煽る側としては、共産党立憲民主党批判ほどおいしい装置はほかにはない。しかし、それはイコール他者の共感を呼ぶものではないし、悪しきファシズムの常套手段。内部にしか目が向かない手法の繰り返しは、早晩ジリ貧を招来すること必至である。

今更な話だが、池田名誉会長は公明党創価学会から自立することを結党以来訴え続けている。創価学会のみに依存するだけでは、議席拡大に限界があるだけでなく、そもそも政治に参加した意味すら否定することにもなってしまう。国民政党への脱皮が課題の筈だが、どこ吹く風というのが現在である。

はっきいおう。恐ろしいことになる。

用意された物語で会員を動員することに限界が出てきた、そしてその思想信条的な源泉との整合性もどうやらおかしくなってきた、口汚い野党批判とペテンの繰り返しは賛同者の離反をも招いた、与党翼賛はいつまでも続かない。本道に立ち返り、広く国民政党への脱皮こそ課題であろう。

排除を必然とする動員の論理は公明党創価学会に限られた話ではない。古い組織ほど、コアな活動家はほとんど団塊の世代で、若い人がいない。支援組織に依存する在り方では早晩どの団体も行き詰まってしまうということ。今がよければそれでいいというななら、それでいいのだけど、アホすぎて話にはならない。

戦前日本のたった数十年の政党政治の終焉は、軍部の介入で潰えた訳ではない。政党間のキチガイじみた非難の応酬に有権者がお腹いっぱいになってしまったことが、軍部を招き入れてしまったといっても過言ではない。政策批判はあっても過剰な他党批判こそ民主主義を崩壊させるトリガーになるわけだ。

そういうありもしない、2chレベルの過剰な批判にさらされてきたのが公明党の歴史であったと理解している。だからこそ支持者は、ナニクソと思い、どの党の支持者よりも高い倫理と知性を動員して対抗してきたのがその歩みである。それが21世紀になって、席がすり替わってしまうとは、僕自身驚きを隠せない。

滅びるなら滅びよ、老婆心。

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