覚え書:「特集ワイド 続報真相 結局何がしたいのか 安倍流改憲の『正体』」、『毎日新聞』2017年06月23日(金)付。
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特集ワイド
続報真相 結局何がしたいのか 安倍流改憲の「正体」
毎日新聞2017年6月23日 東京夕刊
コラージュ・日比野英志
結局、何がしたいのか。憲法改正を訴える安倍晋三首相を見ていて、しみじみ思う。この数年だけでも「96条改正」をぶち上げたと思えば、次は「緊急事態条項創設」となり、今度は「9条改正」に「教育無償化」ときた。日替わり定食のようにころころ変わる論点。安倍流改憲論の正体は何か?【吉井理記】
安倍首相が政治家として初めて全国メディアのロングインタビューに応じた、と思われる雑誌記事を見つけた。「経済界」の1995年6月27日号だ。93年に父、晋太郎氏の後を継いで初当選して2年後である。
今と変わらず改憲を訴えていた若き安倍首相、政治評論家の故細川隆一郎氏に「改憲のポイントは」と問われ、実はこんなことを述べていた。
「89条の私学助成金という表現は日本語としておかしいですし、総選挙という表現も分かりづらいものがあります。26条の子女という表現は差別用語です。こういったところは早急に改正する必要があるのではないか」
改憲項目として挙げたのは、これだけ。「89条」は、憲法89条が私立学校への国の公金投入(私学助成金など)を禁じているとの読み方もできるから条文を変えよう、との考えを示したようだ。同様に7条の「総選挙」、26条の「子女」も文言が適切ではない、との趣旨だろう。
今年の憲法記念日(5月3日)に「9条の1項(戦争放棄)、2項(戦力不保持)を残し、新たに自衛隊の存在を記す」と、読売新聞のインタビューや、安倍首相に近い保守団体「日本会議」が主導する改憲集会に寄せたビデオメッセージで語った内容からはあまりに遠い。
「経済界」で話したことが、本心かは分からない。しかし、ことは国や国民生活の骨格となる憲法の論議である。以下に見るとおり、「改憲のポイント」が数年おきにあちこちブレるのは、その国民から見ても理解しづらいのではないか。
「そこです。とにかく改憲を成し遂げ、歴史に名を残したい。歴代首相ができなかったことをしてみたい。あれだけ改憲メニューがころころ変わるんだから、私にはそうとしか思えない」と辛辣(しんらつ)なのは元共同通信の政治記者で、晋太郎氏を長く取材したジャーナリストの野上忠興さん(76)だ。
「経済界」登場の8年後、内閣官房副長官時代には「9条に自衛隊を書くべきだ」(2003年5月10日、広島市での講演)と述べ、05年には「憲法を白地から書くべき」(「諸君!」05年6月号)と明言していた。
それなのに首相に再登板すると「まず改憲要件を定めた96条を改正する」(13年1月30日、衆院本会議の答弁)と表明したかと思えば、翌年には、緊急時の政府権限などを強化する緊急事態条項について「憲法にどう位置づけるかは大切な課題」(14年2月24日、衆院予算委員会)と述べ、今年は再び「9条改正」を訴え、さらに「教育無償化」も加えた。
一貫性に乏しい発言を見る限り、なぜ改正したいのか、分からないのだ。「改憲すれば、確かにレガシー(遺産)になるが、憲法は安倍首相の自己満足のための道具じゃない。晋太郎さんも怒っているんじゃないかなあ……」と野上さん。
「現実に流されただけの思考停止」
その晋太郎氏の憲法観は後述するとして、一貫しない安倍首相の改憲論に哲学はあるのか? 首相の母校・成蹊大に政治哲学の泰斗を訪ねた。加藤節名誉教授(73)は安倍首相が在学中、必修科目の政治学史を教えていた。
「改憲論の哲学? 僕は感じたことがない。そもそも安倍君、改憲項目がころころ変わっても、何とも思っていないんじゃないか。彼にとって現憲法は『なかりしもの』なのではないでしょうか」
確かに安倍首相は「みっともない憲法ですよ、はっきり言って。日本人が作ったんじゃないですからね」(12年12月14日、ネット番組)といった認識を繰り返し述べている。だが、安倍首相が度々言及する「押し付け憲法論」は近年、憲法案を議論した旧帝国議会の議事録公開などで、その誤りが明らかになりつつあり、衆院憲法審査会も昨秋、「押し付け論は前提にしない」との見解を表明しているのだ。
加藤さんが続ける。「なぜ哲学を感じないか。安倍君は『憲法学者が自衛隊を違憲と言うから憲法を変えるべきだ』という。憲法を現実に合わせるということだが、これは現実に流されただけの思考停止です」
憲法には、権力者の権力行使に縛りをかけるとともに、権力者がやるべきことを定める「プログラム」の機能もある。
「憲法の理想を実現する努力が、権力者には課されているんです。例えば9条2項は、1項の『国権の発動としての戦争』のための戦力保持を禁じている。ならば『世界平和』のための戦力なら、違憲とは言えない。日本が率先し、いまだ実現しない『国連軍』創設を成し遂げ、そこに自衛隊を充てる。そんな考えもあるはずです」
教え子であるはずの安倍首相は普段から「現実に即して考えるのが政治家の役割だ」と述べているが、どうだろう。
「『現実と理想は違う』と二元論で考えることこそ誤りです。フランス革命やアメリカ独立を見てください。理想を追求した結果に現実があり、現実の変革は理想の追求からしか生まれません」と、教え子の解答に「×」を付けるのだ。
憲法のプロには、別の見方があった。早稲田大教授の長谷部恭男さん(60)だ。「私には、憲法を変えるべき理由も条文も思い当たりません。私は自衛隊は合憲としますから、なおさらです」と首をひねる。
その長谷部さんが問う。安倍首相の言うように、自衛隊が存在する現状をそのまま憲法に書き込む。どうなるか?
「どうにもなりません。現状のままですから、安全保障環境は1ミリも好転しない。9条を変えても、日本が安全になることはあり得ないんです。しかも憲法をどう変えたら現状をそのまま書いたことになるのか、といった問題が生まれる。そもそも現状を書き込む改憲提案が国民投票で否決されたら、安倍首相は一体、自衛隊をどうするつもりなのか」
動機も疑問だ。安倍首相は読売新聞のインタビューなどで「『自衛隊は違憲かもしれないが、何かあれば命を懸けてくれ』では無責任」と語った。
「要は『自衛官に誇りを』ということですが、これは情緒論です。国防に関わる議論は、冷静さと合理性が求められるのに、政治家らは情緒に流れやすい。だからこそ憲法という枠をはめる。その枠を情緒で動かそうとするのは、極めて危険な発想です」
そもそも安倍首相は国の将来や利益を考えたうえで改憲を訴えているのか。
「改憲は社会の根本原則を変えることだから、広く社会全般に、つまり国会で訴えるべきです。なのに安倍首相は自分を支持する読売新聞など『お友達』に改憲論を表明し、国会では『読売新聞を熟読して』と言う。こんな手法を見ても、私は安倍首相が社会のためを考えて改憲を訴えているとは思えない。ただ、変えたいのでしょう」
「平和は尊い」と父は繰り返したが…
さて、前出の加藤さんの「自衛隊の国連軍への供託」というアイデア、戦後初の東大学長を務めた政治学の巨人、南原繁(1889〜1974年)に源流がある。加藤さんは南原の孫弟子で、師の晩年には著作集刊行を手伝った。
その南原の名前を意外なところで見つけた。晋太郎氏の評伝「いざや承け継がなん」(86年、木立真行著)である。晋太郎氏は東大在学中、志願して海軍特攻隊に入り、出撃しないまま滋賀航空隊で終戦を迎えた。復学後の様子を級友が回想する。
「安倍クンは日本政治史、外交史、国際政治に興味を持っていた。特に南原繁先生の政治学史などのノートをよくとっていたんで、みんなで借りたね」
南原は国連軍への供託を除き、米国など、特定の陣営に加担するための再軍備や改憲に一貫して反対した。だから、というわけではないだろうが、晋太郎氏を長く取材した野上さんも「晋太郎さんからは改憲の『か』の字も聞いたことがない。『平和は尊い。大事にしなくては』と繰り返していたが……」と振り返る。
その晋太郎氏、外相時代に「日米安保は大切」としながら、こんな発言を残している。
「戦争を始めない、始めさせないことが一番大事、そこに日本の憲法の根源があると思う。(中略)この体制を変え、日本が軍事大国になるとか、専守防衛をやめて攻撃できるように導けば、大変なことになると私は思う。やはり日本人の知恵、我々の歩んできた体験を踏まえた限界を守って、国家体制を維持すべきではないか。それが戦争に巻き込まれず、戦争を防ぐ唯一の道ではないか」(84年7月31日、参院外務委)
「読売新聞の記事、あれを天国の晋太郎さんにメールで送って読ませたいね。『拉致問題すら動いていないのに、憲法いじっている場合か』となげくのでは」(野上さん)
戦争を知る父の言葉をどう聞くか。少なくとも、安倍首相から次々飛び出す改憲論は、父のような深い思索に裏打ちされているようには響かないのだ。
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