覚え書:「ニッポンの宿題 若者の命、守るために 清水康之さん、常見陽平さん」、『朝日新聞』2017年06月24日(土)付。

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ニッポンの宿題 若者の命、守るために 清水康之さん、常見陽平さん
2017年6月24日

先進7カ国の15〜34歳の主な死因/相談窓口

 日本全体の自殺者数が減るなか、若い世代で自ら命を絶つ人は高止まりしています。先進7カ国では日本だけ、若者の死因の1位が事故でなく自殺です。何が、若者を追い詰めているのでしょうか。どうすれば、若い命を守ることができるのでしょうか。

 ■《なぜ》低い肯定感、生きる希望失う 清水康之さん(NPO法人自殺対策支援センターライフリンク代表)

 日本で1年間に自殺で亡くなる人の数は、2010年から7年連続で減りました。とはいえ、昨年も2万人を超え、1日あたり60人もの方が亡くなっています。

 深刻なのは若者です。近年、15〜34歳における死因の第1位が自殺の国は、先進7カ国で日本だけです。この層の人口10万人あたりの自殺者数は、日本は他の6カ国の平均の約2倍。世界的にも非常に深刻な状況にあります。

 日本で自殺が急増し、初めて年間3万人を超えた1998年当時は、中高年男性が目立ちました。山一証券など金融機関の相次ぐ破綻(はたん)で倒産が増え、失業率が悪化したことなどが背景にあります。

 自殺の多くは、失業、生活苦、過労、うつなど複数の要因が連鎖する中で起きます。2006年に自殺対策基本法がつくられ、ようやく社会的な対策が進み始めました。ばらばらだった対策に連動性を持たせたり、相談機関が分野を超えて連携を図ったり、啓発活動を行ったり。ただ、中高年の男性向けの対策が優先されて、若者向けは後回しになってきました。

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 全体の自殺者数が減る傾向にあるのは、社会的な対策が進んだことが大きく、ここ数年の減少は景気回復も影響していると思います。でも、若年層の下げ幅は小さい。景気がよくなっても、若者の自殺は深刻なままです。

 では、日本の若者は、どんな環境に生きているのでしょうか。端的に言うと、自己肯定感が低く、日本社会に対する期待も失っている人が少なくありません。

 日米中韓の研究機関が協力した「高校生の心と体の健康に関する調査報告書」(11年)によると、自分は価値がある、自分に満足しているという自己肯定感が、日本は極端に低い。長野県松本市などの調査では、小学生は自己肯定感が高いのに、中学、高校と、だんだん下がる傾向もわかります。

 国が16年に行った「自殺対策に関する意識調査」では、「生きていればいいことがある」に「そう思う」と答えた割合は、20代が最も低く、わずか37%でした。08年の62%から大きく減っています。

 自己肯定感が低くなると、過度に周りの評価を気にしがちです。評価を得ることが目的となり、自分の本意でないこともしてしまう。そこまでやっても評価を得られないと、「何のために生きているのか」という感覚に陥る。これは、かつてより、若い世代に広がっている感覚のように思います。

 さらに、社会に出ると、就職活動での厳しい評価や長時間労働、不安定な雇用などにさらされます。「死ぬくらいなら、会社をやめればいい」とも言われますが、まじめで責任感の強い人ほど、難しい。逃げ出さずに頑張り抜くことが善しとされる社会で、周りの評価や期待もあり、弱音を吐けないからです。結果、どんどん追い込まれていく。若者たちからは「死にたい」ではなく「生きるのをやめたい」と、よく聞きます。

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 将来の夢や信頼関係、やりがいのある仕事や趣味などは、生きることを後押しする促進要因です。一方で、将来への不安や絶望、過労や借金など、生きることを困難にさせる阻害要因もあります。後者が前者を上回ったときに、自殺のリスクは高まります。

 阻害要因を取り除くことはある程度できても、促進要因を増やすのは容易ではありません。一つの方策として、命やくらしの危機に陥ったときの対処法を中学生のころから教えることが有効です。「困難な問題でもいろんな解決策がある」ことの具体的な知識を身に付けられれば、安心感にもなり、いざというときに助けを求めてみようという気にもなる。生きることの促進要因につながります。

 (聞き手・村上研志)

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 しみずやすゆき 1972年生まれ。NHKで自殺問題の番組制作にかかわり、2004年ライフリンク設立。09〜11年内閣府参与。

 ■《解く》想像力鍛え、「おせっかい」を 常見陽平さん(千葉商科大学専任講師)

 2016年に仕事上の問題が原因で自殺した20〜39歳の若者は、警察庁の統計によれば、837人にのぼります。命よりも大事な仕事なんて、ありません。

 僕も大手企業でサラリーマンをしていた30代のころ、「楽になりたい」と、死という選択肢が、頭によぎったことがありました。精神安定剤を飲む日々。そんな衝動も正直、ありました。

 仕事は楽しかったし、やりがいもあった。でも、働き過ぎていたんですね。仕事のピーク時は残業や出張が多く、なかなか休みもとれなかった。疲れがたまり、気づけば酒量も増え、朝がつらく、電車が苦手でタクシーをよく使っていた。うつ病と診断されました。

 「早く復帰して働きたい」と焦る気持ちと、「このままでは復帰できるはずもない。働きたくない」という気持ちが対立し、とても苦しかった。でも、生きていてよかった。死んだら終わりです。

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 日本独特の働き過ぎの環境が、若者たちを追いつめていると思います。背景には、無理な残業を重ねても目標の達成を美談にしてきた、社会の空気もあるでしょう。

 ビジネスの成功者を取り上げるテレビ番組や新聞、雑誌の特集では、いかに寝る間も惜しんで働いてきたかを強調する側面があります。どんなことでも頑張りさえすれば乗り越えられる、という誤った精神主義が、働く環境を悪化させました。うつを経験した僕は、1日7時間半は寝ていますよ。

 厚生労働省によると、フルタイムで働く一般労働者の総実労働時間は16年が2024時間で、20年前とほぼ同じ水準で高止まりしています。IT化と非正規雇用者の活用が進み、正社員の仕事の責任と密度も濃くなっています。

 日本の社会には、顧客第一主義が浸透しています。それは、時には取引先や顧客からの過剰な要求になります。自殺の要因になる働き過ぎの環境を是正するためには、社会が仕事の絶対量を減らしていくしかありません。

 困難な道のりでしょうが、人手不足の時代に入りつつあることは、労働者側が働きやすい環境の会社を選別できるようになるという点で追い風になるでしょう。

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 周りに悩む若者がいたら、どう向き合えばよいのでしょうか。

 10年ほど前、かつて同僚だった友人が自殺しました。ロックフェスティバルに行った日に携帯で久しぶりにメールを出そうかなと思ったのですが、遠慮して送信ボタンを押せませんでした。うつで療養をしていると聞いていたので「やっぱりやめておこう」。その数時間後に亡くなりました。

 メールを出していたら、自殺を防ぐことができたのかは、わかりません。でも、僕は「なぜもっと早くに気づいてあげられなかったのか」と心から悔やみました。自殺をした人の友人や家族も、心に深い傷を負います。

 自殺をなくすためには、高校や大学、職場で医学的見地からうつの症状の理解や適切なケアのあり方を、教える必要があるでしょう。だれもがうつになる可能性があるのに、その知識があまりにも不足していると思います。

 想像力を働かせ、良い意味で周囲の人たちにおせっかいになることが大切です。仕事のパフォーマンスが落ちている人がいたら、「あいつは使えなくなった」と切り捨てるのではなく、「困っていない?」と相手の気持ちを考え、話に耳を傾ける。

 一歩を踏み出す勇気が必要ですが、他者への想像力を鍛えることが、絶望や孤立の防波堤となり、自殺という選択肢を社会から根絶する道につながっていくと思います。人は生きているだけで、素晴らしいのです。

 (聞き手・古屋聡一)

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 つねみようへい 1974年生まれ。リクルートなどを経て独立。2015年から現職。近著に「なぜ、残業はなくならないのか」。
    −−「ニッポンの宿題 若者の命、守るために 清水康之さん、常見陽平さん」、『朝日新聞』2017年06月24日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S13002213.html





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