覚え書:「書評:経済成長という呪い ダニエル・コーエン 著」、『東京新聞』2017年09月17日(日)付。


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経済成長という呪い ダニエル・コーエン 著 

2017年9月17日


◆不足への不安から信頼へ
[評者]根井雅弘=京都大教授
 経済学者のケインズは、世界が大不況にあえいでいた一九三〇年代、予想に反して、百年後には経済問題は解決し、芸術や文化など人生にとって本当に重要なことに時間を使えるようになると予言した。しかし、ケインズの予言は見事に外れた。ケインズはなぜ誤ったのか。著者は、優れた心理学者、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーの研究成果を紹介しながら、次のように答えている。
 第一に、人間はつねに「ある基準」と比較して物事を判断するが、その基準もまた環境の変化を受けて変化すること。つまり、その基準が社会の平均になったら、人間はもっと上を目指すようになり、幸福の追求はエンドレスとなる。第二に、人間は得ることの見通しよりも失うことへの嫌悪感のほうがはるかに強いので、つねに「不足」という心配から逃れられないこと。経済成長は、いまの境遇から這(は)い上がれるという希望をみなに与えてくれるようにみえるが、それが一時的に人々の不安を和らげたとしても、その約束が実現されることは決してないのだ。
 他方、現代資本主義は「コンピュータ」「金融」「グローバリゼーション」という三つの組み合わせによって、生産コストの大幅な削減、経営者の報酬の株価とのリンク、世界的規模での分業体制の再構築を成し遂げたが、デジタル革命が牽引役(けんいんやく)となったこの体制は、労働者を保護していたセーフティネットが砕けたため、必ずしも経済成長には結びついていない。
 著者は、独自の福祉制度を考案し、世界で最も幸福感が高いとされるデンマーク人に学んで「信頼」を基盤とした社会体制の構築を目指すべきだと主張しているが、フランスはその逆の「不信と不安」に支配されているという。構造改革の名のもとに労働市場に「正規」「非正規」の格差をつくりだしたわが国もその例外ではない。本書は経済学、社会学、哲学などの成果を十分に咀嚼(そしゃく)して書かれた力作である。
 (林昌宏訳、東洋経済新報社・2160円)
<Daniel Cohen> フランスの経済学者。著書『迷走する資本主義』など。
◆もう1冊 
 武田晴人著『脱・成長神話』(朝日新書)。経済成長至上主義の呪縛から解放されることで、多様な選択の可能性が見えてくると説く。
    −−「書評:経済成長という呪い ダニエル・コーエン 著」、『東京新聞』2017年09月17日(日)付。

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東京新聞:経済成長という呪い ダニエル・コーエン 著 :Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)



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