覚え書:「悩んで読むか、読んで悩むか 美しい響きと心地よさを次代に 山本一力さん」、『朝日新聞』2017年10月22日(日)付。
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悩んで読むか、読んで悩むか 美しい響きと心地よさを次代に 山本一力さん
悩んで読むか、読んで悩むか
美しい響きと心地よさを次代に 山本一力さん
2017年10月22日
やまもと・いちりき 48年生まれ。作家。『あかね空』で直木賞。『つばき』『べんけい飛脚』など。
■相談 最近の変な日本語に違和感と危機感
ネットではなくテレビ・新聞を見て育った世代ですが、最近使われている日本語に違和感があります。テレビで聞いた「股間に直撃」「たくさんの方が来ていただいて」「自慢の料理になります」。コンビニでの「千円からお預かりします」。おかしいまま次世代に広まるのかと思うと危機感を覚えます。こうした言葉を使う人たちに薦められる本を教えてください。(大阪府、主婦・59歳)
■今週は山本一力さんが回答します
言葉は時代とともに変化し、時代を映す鏡であったりもする。
「なんという言葉の乱れ方だ」と、一概に批判はできないだろう。
とはいえ昨今の表現・表記には、あなたが指摘された通りの、目に余るものが少なくない。
マスコミにも大きな責任がある。
全国紙の社会面に「マタハラ」などの見出しが躍る。こんな表現を許す判断基準は、どこにあるのか。
一時期「援助交際」なる語句が流行したのも、マスコミが報じたことで、語句に市民権を与えたからだ。
売春にほかならない行為を、援助交際と表記することで実態を緩和し、真の姿から遠ざけてしまう。
「万引き」もそうだ。窃盗といえば言葉も多少は突き刺さるだろうが、万引きではするりと抜ける。
投稿されたあなたの危惧には、深い同感を覚えている。その上で。
美しい日本語を次代に伝えるには、川端康成『雪国』が最良の一冊だとわたしは確信する。
嬉(うれ)しいことに、文庫初版以来、すでに153刷を重ねている。それだけ読者を魅了している理由の一は、文章の美しきがゆえに他ならない。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった」
書き出しの短い一段落には、だれでも知っている日本語しか使われていない。
それでいて、劇的に場面は動く。
長いトンネルの手前は、雪国ではなかった。その変化が、いきなり読者を雪国に押し込んでしまう。
夜の底が白いのは、銀世界の真っ只中(ただなか)にいるからだ。信号所に停(と)まったのは汽車、蒸気機関車である。
長いトンネルを走る間は、煤煙(ばいえん)を嫌って窓をきっちり閉じていた。
その背景があればこそ、後に続く信号所で開かれた窓が効いてくる。
どどっと侵入してきた雪国の冷気を、読者は肌に感ずるに違いない。
達人の手にかかれば筆(文章)だけで、物語のなかに誘ってくれる。
日本語の心地よさ、美しい響きを、みんなで次代に遺(のこ)せますように。
◇
次回は書評家の吉田伸子さんが答えます。
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■悩み募集
住所、氏名、年齢、職業、電話番号、希望の回答者を明記し、郵送は〒104・8011 朝日新聞読書面「悩んで読むか、読んで悩むか」係、Eメールはdokusho−soudan@asahi.comへ。採用者には図書カード2000円分を進呈します。山本さんと吉田さん以外の回答者は次の通り(敬称略)石田純一(俳優)。荻上チキ(評論家)、斎藤環(精神科医)、壇蜜(タレント)、穂村弘(歌人)、三浦しをん(作家)、水無田気流(詩人)。
−−「悩んで読むか、読んで悩むか 美しい響きと心地よさを次代に 山本一力さん」、『朝日新聞』2017年10月22日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/column/2017102200017.html