覚え書:「書評:神秘大通り(上)(下) ジョン・アーヴィング 著」、『東京新聞』2017年10月08日(日)付。

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神秘大通り(上)(下) ジョン・アーヴィング 著 

2017年10月8日
 
◆豊饒な物語を貫く喪失感
[評者]藤井光=同志社大准教授
 あまりにも騒がしい孤独。まったく別の小説の題名を引き合いに出したくなるほど、物語の豊饒(ほうじょう)さと、その核をなす悲しみの強さという矛盾する感覚が、この新作を貫いている。
 一九七〇年代にメキシコのオアハカで育ち、やがてはアメリカ合衆国に渡って作家となる少年、フワン・ディエゴ。その作家が老齢にさしかかり、二〇一〇年にニューヨークからフィリピンへ旅をする過程と、少年時代の成長の物語が複雑に絡み合いながら、小説は進行していく。
 アーヴィングの小説の醍醐味(だいごみ)は、登場人物たちのカラフルさにある。今作でも、主人公のみならず、他人の心が読めるが兄のフワン以外には理解できない言葉を話す少女ルペ、アロハシャツに身を包んだ神学生エドゥアルドなど、忘れがたい人々がフワンの物語に次々に現れ、現実離れした出来事の数々を巻き起こしていく。
 その祝祭めいた賑(にぎ)やかさの核心には、独特の影がある。オアハカのゴミ捨て場で暮らす少年「ダンプ・キッド」と、アメリカのアイオワ州で暮らす作家。その過去と現在のあいだにある時間は、喪失に満ちている。ドタバタ劇の笑いと喪失感を、絶妙のバランスで両立させるアーヴィングの手腕には、さらに磨きがかかっているようだ。
 物語において、想像と事実との区別はしばしば曖昧になる。フワンの目の前に現れ、旅先について回る魅力的な母娘は、果たして何者なのか。彼の少年時代の出来事は記憶なのか、それとも夢なのか。アーヴィングはそうした疑問を網のように読者に投げかけ、物語のなかに絡め取っていく。
 そのなかで、家族とは何かという問いや、サーカスや「飛ぶ」ことへのこだわりなど、アーヴィング作品に一貫する主題を随所に発見するのも、この小説の楽しみである。ユーモアと悲しみ、実体験と想像力。その二つが交錯する地点で生きてきた希代の物語作家から、新たな招待状が届いた。
(小竹由美子訳、新潮社 ・ 各2484円) 
<John Irving> 1942年生まれ。米国の作家。著書『ガープの世界』など。
◆もう1冊 
 トム・ジョーンズ著『コールド・スナップ』(舞城王太郎訳・河出書房新社)。著者は元ボクサーで元軍人。荒々しく饒舌(じょうぜつ)な小説集。
    −−「書評:神秘大通り(上)(下) ジョン・アーヴィング 著」、『東京新聞』2017年10月08日(日)付。

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東京新聞:神秘大通り(上)(下) ジョン・アーヴィング 著 :Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)



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