覚え書:「やまゆり園事件が残したもの:中)障害者と一緒、豊かな生 40人働くパン屋「ぷかぷか」」、『朝日新聞』2017年07月25日(火)付。

Resize9031

        • -

やまゆり園事件が残したもの:中)障害者と一緒、豊かな生 40人働くパン屋「ぷかぷか」
2017年7月25日
 
パン教室で親子と一緒にパンをこねるユースケさん(左)=横浜市緑区(画像の一部を加工しています)
 ■自由な接客、ファンも

 横浜市緑区にある団地の一角に、「ぷかぷか」というパン屋がある。牛乳と卵を使わず、天然酵母と国産小麦で作る素朴なおいしさを売りにしている。ほかの店とちょっと違うのは、およそ40人の知的障害者が働いていることだ。

 レジに立つのは「おしゃべりと計算担当」の辻克博さん(32)。「ベネチア、イタリア、マッターホルン、スイス……」と、つぶやきが途切れない。パンをトレーに載せていくと、暗算で金額を教えてくれる。「丁寧な接客」はないが、つぶやきをBGMとして楽しみに来る人もいる。

 新しい人を見ると、さっと近づきマシンガントークを始めるテラちゃんこと寺沢郁美さん(24)。「フェイスブックやってますか? 今日もぷかぷかがんばります」。人なつこい彼女に誘われ、フェイスブックで友達になる人も多い。

 一見、パン職人風のユースケさん(35)は、注目されると「見るなよ」と照れて隠れるシャイな性格。でも、子どもたちが大好きだったり、店の前に並ぶ花の手入れを毎日したり。ぶっきらぼうだが、心優しい。

 開店は2010年の春。高崎明さん(68)が30年間勤めた養護学校を定年で辞め、退職金をつぎ込んだ。

 養護学校の子どもたちは、できないことも多いが、社会の規範に縛られない自由な発想があった。いつしかほれ込み、知的障害がある人たちと「一緒に生きていきたい」と思った。

 集まった障害者たちは、ほかのスタッフと対等な「メンバー」。当初はマニュアルに沿った接客を試みたが、違和感がぬぐえず、自由気ままに接客する現在のスタイルに。「独り言がうるさい」と言う人もいたが、パンの評判が口コミで広まると、少しずつ受け入れられていった。今では、それぞれのメンバーにファンがついている。

 ■店の空気、ブログで

 昨年7月、障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた事件のニュースで、施設の元職員だった植松聖(さとし)被告の「障害者はいない方がよい」という言葉を知った。「ちゃんと人として入所者とつきあっていなかったんじゃないか」。こう感じた高崎さんは、メンバーのエピソードをブログで紹介し、「障害者はいた方がいい」と反論した。

 店外のテーブルで、よく突っ伏して寝るセノーさん(25)はブログに何度も登場する。かつて「働かない」と言われて福祉作業所にいられなくなったが、今は居眠り姿に親しみを感じる人も多い。「そこにいるだけで場を和ませる立派な仕事」と高崎さん。「障害者はマイナスの存在」という空気が、植松被告を生んだのではないかと考える。

 事件について発信したブログの文章は1年間で60本に達した。真正面から批判するのではなく、ぷかぷかの空気を伝えることで、事件を考えようと呼びかけ続けている。

 事件後、「植松被告の言葉も理解できる」という女性が来店するようになった。最近、その女性から「『あなたはあなたでいいんだよ』と自分に言ってもいいのかも、と思えた。ぷかぷかに救われた」というメールが届いたという。

 年に数回は、地域の人とパン教室を開いている。そこでも、ぷかぷかの空気を伝える。辻さんが歌い出したり朗読を始めたりすると、エプロン姿の子どもたちがパンをこねる手を止めて周りに集まってくる。ユースケさんは、お湯を沸かして全員分のお茶をせっせと入れる。

 今月1日のパン教室に参加した寺居葉子さん(38)は、3年ほど前からの常連だ。それまで障害のある人とは「縁のない人生」だったが、「接するのにハードルがあるかと思ったけど、みんな自然体で話しやすい」と話す。2人の子どもたちからは、よく「ぷかぷかに行こうよ」とねだられるという。

 25日からは、地域の人とメンバーが同じ机を囲んでお昼ごはんを食べるカフェを始める。「障害者と一緒に生きると豊かになる」。高崎さんの思いは強くなっている。(船崎桜)

 ◆あすの(下)は、施設の取り組みを紹介します。
    −−「やまゆり園事件が残したもの:中)障害者と一緒、豊かな生 40人働くパン屋「ぷかぷか」」、『朝日新聞』2017年07月25日(火)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S13053900.html





Resize9013

Resize8036