覚え書:「2084 世界の終わり [著]ブアレム・サンサル [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞』2017年2017年10月22日(日)付。

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2084 世界の終わり [著]ブアレム・サンサル
[評者]立野純二(本社論説主幹代理)
[掲載]2017年10月22日
[ジャンル]文芸
 
■自由と隷従の境はどこにあるか

 いつの世も、権力は体制への信心を国民に植えつけようとするものだ。
 「戦争とは平和」「自由とは隷従」「無知は力」。そんな名句を生んだ1949年の英作家ジョージ・オーウェル作『一九八四年』の恐れは今も変わらない。いや、ひたひたと近づいているというべきだろう。
 ファシズムから宗教的な過激思想、そしてポピュリズムへ。時代と共に焦点は移ろうが、通底するのは、国民の恐怖心と従順のサイクルを、為政者は求め続けるという永遠の真実だ。
 この物語の舞台は宗教国家とされているが、主題は人間の自由と権力の対立である。政府が歴史を定義づけ、心の中まで監視する統治のありようは、真実よりフェイクが力を持つ現代を戯画化したかのようだ。
 時は『一九八四年』から100年後。核戦争による「大聖戦」後に樹立された国家の暮らしの中で、主人公の公務員アティは管理社会に疑問を抱き始める。
 信仰を強制し、公開処刑を科す恐怖政治は、「イスラム国」(IS)を思わせる。その点で直接的な風刺も若干あるが、大半は幻想的な心象描写が続く。
 類似のディストピア小説でもフランスのミシェル・ウエルベック作『服従』や『一九八四年』とくらべ、陰鬱(いんうつ)で色彩もない。西欧文化の空想とは異なる、アラブ世界の窒息感が漂う。
 内戦の流血を経て今なお抑圧が続くアルジェリア在住の著者は、もとはエリート官僚だった。長い思索の末にアティが踏み出す真実探しの旅は、著者自らの心の軌跡なのだろう。
 「人は自分がどこにいるのかを探ろうとすればするほど道に迷ってしまう」「反抗によってしか、存在することも、おのれを知ることもできない」
 国難をあおり、「安定」を連呼する政治家の言葉にこそ、ディストピアの響きがある。自由と隷従の境はどこにあるのか。私たちも「無知」を拒む心の旅路に出かけねばなるまい。
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 Boualem Sansal 49年生まれ。アルジェリアの作家。本作でアカデミーフランセーズ小説賞のグランプリ。
    −−「2084 世界の終わり [著]ブアレム・サンサル [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞』2017年2017年10月22日(日)付。

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